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2017年6月16日

雲八満宮・・・大分県中津市耶馬溪町宮園!


猿飛甌穴群から耶馬溪へ・・・国道212号を走ります・・・周りは山、山、山・・・・
小雨がぱらつく天気ですが、この山間を走ると、気分がいいす!・・・空気がうまい・・です!



突然現れました・・・耶馬溪最古 雲八幡宮・・・
・・・とおり過ごすわけにいきませんね・・・(*^_^*)


おや? 狛犬の代わりに「カッパ」か?

あうんの河童・・と!


千年杉の根をくぐろう・・・
・・・平成16年の台風で無惨に折れた雲八幡宮の御神木「千年杉」。折れても下枝ひとつで生き、しかし、以後6年の歳月に痛み進み平成22年9月15日、遂に惜しみつつ止む無く伐採することになった!・・と、あります

雲八満宮とかっぱ祭り(町指定民俗文化財「宮園楽」

雲八満宮の沿革
境内を流れる旭川を数百メートル下った所に磐座がある
「雲石」と呼ばれ大宝三年(703年)、ここに神が出現し「雲の社」と尊んだ。天延元年(973年)少納言清原正高卿(都から当地へ配流になった人物)が 現在地に社殿を造営したという。友杉氏(中間氏)が地頭に任じられこの仲間郷に一戸城を築いてからはその尊崇を受け社司(宮司)に任じている
江戸時代になると細川忠興公、次いで小笠原氏歴代藩主、また、元禄十一年(1698年)以後は幕府の天領となり、日田代官の崇敬があった
かっぱ祭り・・・
雲八幡宮のおんばらい大祭の最終場面に地元氏子によってカッパの登場する民族芸能「宮園楽」が奉納されるのでこの永ある 三百年以上にわたって伝承されている 源氏の追手に討たれた平家の落人の妄念がカッパになって田畑や牛馬に災いをなすとして、カッパに涼風を送って 慰める所作を踊る。天下泰平・五穀豊穣・処繁栄をもたらす霊験ある音楽として奉納されてきた…案内板より引用


御祭神・・・雲八幡大神(八幡大神、大山積神)

拝殿内部・・・絵馬が凄いですね・・




千年杉・・・

千年杉・・・境内の端から望むが、一番上が、写真に入らない・・・(^^;)

さぁ、戻ります・・・

神橋の袂に・・・
・・・手酌する河童見直う孫がいる・・・
・・・河童はすもう好き・・・
狛犬・・・なにやら、カッパに座を奪われたようで・・・(*^_^*)

通りすぎるかもしれなかった、雲八幡宮・・・緑に溢れた、境内・・・
一本伐採された、残る千年杉・・・台風に負けず、見守っていただければ・・・と!


三百年続く、かっぱ祭り(町指定民俗文化財「宮園楽」)・・・地域で色々と珍しいお祭りがあるのですね・・・・



参拝日:2017年5月24日








2016年4月9日

八幡神社、河原田農村芝居堂・・県指定文化財を巡って・・・兵庫県宍粟市一宮河原田!

兵庫県宍粟市一宮河原田 八幡神社の県指定文化財である農村舞台を尋ねます

しかし、場所がなかなか、見つからず・・・(^_^;)
探して探して・・・やっと、見つけましたが、今度は、「P」できない・・よ!
仕方なく、無理矢理、ギリギリに「P」して、駆け足で、参拝を・・・
いくら、田舎、農村といえども、軽トラが、住民の方の車が・・ね、叱られないうちに、急ぎ・・
・・・中央のマークはこの次の参拝予定の御形神社です・・・

駆け足で上がります・・・
社殿です・・
本殿・・

河原田農村芝居堂・・兵庫県指定文化財(有形民俗)・・・

八幡神社境内の芝居堂(八幡座)は、明治三十六年(1903年)に建てられてもので、当時の若衆らが中心となり、赤穂方面より工匠を招き、用材は神社の背山やあたご山のものを使用しています
建物は入母屋造で、間口八間、奥行五間、床高三尺を測っています
上手に太夫座、下手に高座を設け、奈落に輪軸を応用した廻り舞台、滑車を利用した吊り二階や返し壁を備えるなど地方の芝居堂としては優れた舞台装置を整えています
・・・案内板より引用

八幡座・・・当時は、茅葺きだったと・・・
閉まっている戸壁の中央に覗き用窓があり、その覆いを上げて・・パチリです


八幡座への参道の右手に・・正福寺があります・・・

正福寺木造大日如来座像・・・兵庫県指定文化財(彫刻)

正福寺木造大日如来座像は高さ131cmあり、胸の前で智拳印を結んでいます
全体は桧材を寄せ集めて作られ、身体には漆箔が押されています
眼は彫眼で、額には白毫には水晶がはめ込まれています
両足の膝を大きく開いてゆったり座り、面差しにも穏やかな表情が見られます
肉取りや衣文にやや堅さが見られるものの、平安時代の終わりから鎌倉時代の初め頃に製作されたものと推定されます
なお、木像は秘仏として、二十一年目の開眼供養が行われます・・・案内板より引用
真言宗大日山正福寺・・・
お堂内を拝見すると、御前立でしょうか、写真がありましたので、・・・失礼ながら、パチリ・・・

駆け足で、参拝を済ませました・・・車幅一台分の農道?では、「P」するには、キッチリ下調べしないと・・・
今回は、ちょっと広めの場所をMAPでみていきました・・・
しかし、場所は、ホント、分からなかったです・・・(^_^;)







2016年3月12日

二宮神社・・中井権次一統の足跡を巡って・・兵庫県養父市大屋町大杉!

兵庫県養父市大屋町大杉の二宮神社を訪ねます・・・
中井権次一統の足跡です・・・この二宮神社は、夏、八月に奉納される、「ざんざこ踊り」は、兵庫県指定民俗文化財、文化庁選択芸能なのです

そして、二宮神社の本殿の段上に位置する、大杉山大福寺観音堂・・・中井権次一統の足跡なんです・・別途、備忘録あります・・

鎮守の森・・への石段を上がります・・・


拝殿です・・・この境内で、ざんざこ踊りが奉納されます
拝殿・・・
拝殿の彫物の刻銘は・・・丹波宮津 九代目 彫り物師 中井権次 元丹波柏原・・
中井権次一統の資料では、中井貞胤(九代目喜一郎)作とある・・・

拝殿から、本殿を見るが・・・う~ん! 残念です


本殿・・・完全に覆屋にて、拝見できません・・・
中井権次一統の資料では、入母屋造、正面は千鳥破風と唐破風を付いていると・・
本殿彫刻は中井権次正貞、中井清次郎正用、久須真助正笑・・と、ある!
大杉ざんざこ踊り・・

この踊りは、慶安二年(1649年)時の庄屋が村の疲弊を憂いて伊勢に参宮し、帰途奈良の春日神社に参詣したときに見習い、氏子繁栄のために踊ったのが始まりと伝えられている
歌詞には室町風の門賞めや因幡うた、京うた、らしきもの、又、「梁塵秘卑妙」の中にも見られるような古いものもあり、踊りぶりにも風流の型が見られる・・・一部省略・・
毎年八月十六日に奉納される
・・・案内板より引用

        境内の巨木・・
         幹中は空洞になっているが、その先の樹勢は元気なようです
           
参道より、西方面をみる・・・きれいですね!
県道の火の見櫓?に・・「大杉ざんざこ踊り」の文字がみえます・・・

大杉ざんざこ踊り・・境内で100数名の方々で踊りが奉納されるとのこと・・・
夏祭り?・・見てみたいですね!


参拝日:3月4日