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2018年8月4日

文保寺・・中井権次一統の足跡を巡って・・兵庫県篠山市味間南

兵庫県篠山市味間南、文保寺を訪ねます

丹波市立植野記念美術館で、「中井権次の彫刻下絵展」を拝見しました
「中井権次の彫刻下絵展」では、文保寺の彫刻請負明細書?なる、古文書を拝見しました

文保寺・・・最初は文化財、楼門を拝見に訪れ、本堂の彫刻を拝見して、その彫刻に見事さに感動し、中井権次一統の名を知ったことが、私の「中井権次一統の足跡を巡って」の原点、始まりなのです

「中井権次の彫刻下絵展」の日、帰路、どうしても、見たいと・・・文保寺へ走ってきました
時刻は、PM4:00 日差しはキツイが、右山肌は日陰にて涼しいので、この道を上ります

見えてきました・・3年半ぶりですね
2015年3月5日
https://a-shi-a-to.blogspot.com/2015/03/blog-post_5.html


本堂です
・・・高欄が修復されて、その木材の色合いが・・と、思っていましたが、落ち着きましたね


松尾山文保寺略縁起・・

大化年間、印度より法道仙人来朝し、聖備山長流寺として七堂伽藍を造営、聖観音を本尊とされたが、承平・天慶の乱の頃荒廃す。正和年間、御本尊に慈覚大師作の千手観音を安置再興し「松尾山文保寺」の勅額を賜う。戦国時代末再び荒廃し、江戸時代に再興された。全盛期は二十一ヶ坊を数えたが、明治以降、三ヶ院となり、現在に至る




時刻がPM4:20ごろ、いつもながら日陰での、写真撮影は難しいですね
千社札は、極力出ないように、修正しております

見事です・・2015年3月15日の感動が蘇ります

下絵展示会で展示された、文保寺の請負、細工明細

ふところ こもち獅子 龍 と、書かれている


刻銘 「彫物師 當国柏原町住人 中井権次橘 正貞彫刻」


木鼻、持送り

木鼻、持送り


   手挟み

桁隠し、手挟み

時刻は、PM4:20・・本堂
から戸は閉ざされています・・・お陰で?から戸の彫刻を平面で全て拝見できました・・

上写真、細工詳細より
・・・から戸 間
・・・四枚 李白 仙人 子儀 弐人 そうふ きょゆう

・・・左から順に・・・





うん? 6面、12枚・・・1面足りないよ!




   文保寺楼門

市指定文化財 文保寺楼門

鎌倉の建長寺を模して建立されたと伝わるが、当初の門は天正年間(1573~1592)の戦乱の際に焼失したとされる。現在に伝わる門は再建されたもので、時期は明確ではないが、天正末期と考えられる。下層部は大正十四年に改修されているが、上層部には彩色の痕跡が見られるなど再建時の部材が使われている。
三間一戸の楼門で、屋根は入母屋造、銅板葺で、肘木は禅宗様であるが全体として和様を基調としている。室町時代の様式をよく伝えており、篠山市内の楼門では最も古い時代の建築物として大変貴重な文化財である・・・篠山市教育委員会、案内板より引用


私の「中井権次一統の足跡を巡って」の原点、始まりの文保寺・・
3年半ぶりに、拝見できて、また、その時の感動が蘇ってきました

それ以来、訪ね、拝見した、「中井権次一統の足跡」は約200社寺になりますねその彫刻を撮影するために、撮影機器、カメラもついにフルサイズの世界に・・

さぁ、新たな「中井権次一統の足跡」を探して、走りましょう・・・

追記:11月3日から7日までの文保寺再興700年記念開帳法要厳修があります
その時、訪れ、本堂内の欄間の天女の彫刻を見てみたいです・・・予定しておきましょう



2018年8月3日

新兵器? 油はね防止網

私の備忘録では、イレギュラーな記事?・・・

ある夜、夕食の料理中に、ふと、見た光景・・・
なんじゃ? これは?
料理に、全く興味のない私には、不思議な光景・・
・・・鍋の蓋とか、普通の落とし蓋であれば理解出来るのだが・・・

嫁、曰く・・・油はね防止網
絶大な効果があるようで、売っている店、探して、購入したらしい・・・


後日、ググってみたら・・・あるはあるは・・Amazonにも沢山の種類がありました

しかし、油が飛び、火傷を防げるなら、最高ですよね・・・
いろんな小道具?があるもので・・・
興味、趣味の関連は調べるが、それ以外は全くの無知・・・いやはや、恐れ入りました

因みに、この料理は、ミンチカツでした・・・(^o^)


2018年8月2日

加茂神社・・難波金兵衛の狛犬・・兵庫県丹波市柏原町鴨野142-1

兵庫県丹波市柏原町鴨野142-1、加茂神社を訪ねます
ここ、加茂神社には、二代目・難波金兵衛作の狛犬がいます

社頭

社頭、右、石灯籠に後方に「カスミ桜」の案内板があります その奥が「カスミ桜」

この桜は「カスミ桜」と言い、山桜の一種で、長享年間(約530年前)加茂神社建立の際に植樹されたといわれている。幹周りは、4.3m 樹高は30mに達する
巨木で、毎年四月の末頃に、満開となり薄いピンク色で、咲き誇る美しさは、遠くから眺めると霞がかかったように美しく、鴨野人々をはじめ丹波市内外から訪れる人々の心をも和ませる名木である



     文政七年(1824)と読める

鳥居

一段高い位置の本殿、そして、狛犬 その左右に立つ石灯籠、元文五年(1740)と読める

本殿
主祭神 :   鴨別雷之神 創立年不詳

     難波金兵衛の狛犬



     浪速狛犬を代表するかのような猛・豪を表わすと・・・




刻銘 「大新屋 石工 金兵衛」 安政二年(1855)

  
   お! セミ?の抜け殻か・・・



       境内社

境内社

      本殿前から鳥居を見る 巨木が立つ 左には鐘楼がある

二代目難波金兵衛の狛犬を、大崎神社と、加茂神社を見てきました
作風が全く異なり、なかなか、見応えがありました

今後も、狛犬、石灯籠、鳥居など、注意して、刻銘を探さなければ・・・