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2018年2月8日

素戔嗚尊神社(江坂神社)・・・大阪府吹田市江坂町3-68-11

大阪府吹田市江坂町‥素戔嗚尊神社 (江坂神社)・・・
ここ、素戔嗚尊神社は、友人宅の近く・・・今年の初詣では、1時間並んで、参拝したと‥
吹田市はよく訪ねる市ですが、素戔嗚尊神社 (江坂神社)・・初めて知りました

参拝いたします・・・
・・・社頭です・・・遅くとも江戸時代初期には現在のような社頭景観を整えていたとみられますと・・・
表参道の鳥居・・・天和三年(1681)の年号が刻まれています・・(左柱)
・・・扁額・・「感神院」・・今は感神宮

石燈籠 文化十一年(1814)と読める・・
・・・猫ちゃん・・ひなたぼっこ中です・・石が暖まっているのかなぁ?
参道
手水舎

神社案内
神社の由緒 古い言い伝えによると、今から七、八百年前、垂水の広芝と小曽根の寺内にそれぞれおまつりされていた神祠 をこの地に合わせておまつりしたのがこの神社の始まりといわれています
それ以来、今日まで榎坂(現、江坂)寺内の氏神様 産土神さまとしてお鎮りなっています
表参道の鳥居に刻まれた天和三年(1681)の年号 旧拝殿の棟札に印された元禄十六年(1703)の年号などから歴史の古さを知ることができます
境内各所には江戸時代中期から後期に奉納された扁額、金幣、石燈籠、狛犬、絵馬などが多数も残されており、広くから 庶民の崇敬を集めていたことがわかります
江戸時代の終わりまでは、神仏習合思想の影響により素戔嗚尊と牛頭天王で、この神社は牛頭天王社と称され、また、同じ素戔嗚尊をおまつりする 京都祇園の八坂神社の古い社号をいただき、感神院とも称されました
明治初年の神仏分離令により仏教色を廃し現在の神社名に改めました・・・案内板より引用


拝殿
御祭神 主神:素戔嗚尊 相殿神:天照大御神 誉田別尊(八満大神)
本殿‥市指定有形文化財
本殿は一間社流造、銅板葺(元こけら葺)です。 身舎の柱配置は、正面の一間に対し側 面二間、背面三間。正面には千鳥破風が設けられ ていますが、市内の三間社以下の社殿で正面 に千鳥破風を設ける例は当社をおいて他にあ りません。また社殿に施された華麗な彩色も 当社殿の特色の一つです。素盞嗚尊 神社本殿は華麗な彩色が施されております・‥吹田市博物館資料より引用





太鼓御輿・・市地域有形民俗文化財
この太鼓神輿は、墨書から嘉永六年(1853)に製作されたことが知られます
製作にあたった大工は不明ですが、彫刻は神境町や西奥町の地車を手がけた大坂の彫師小松一門の手によるものです
小松一門とこれらに近い大工によって製作されたものでしょう
太鼓神輿の脚部には、雲蟇股、牡丹に唐獅子の彫刻を、高欄には中国の物語を題材とした彫刻をはめ込み、縁框に数多くの馬が活々とした姿で彫り込まれています
各所に飾金具を打ち全体を装飾性豊かに、しかも丁寧に仕上げていることが特徴です
この太鼓神輿から、製作当時の姿と工芸技術の高さをうかがうことができます・・・案内板より引用


末社 岩本稲荷社
吹田市保護樹木・・・「アラカシ」

「アラカシ」の玉垣の内に、家形石棺が ‥
‥ 古墳時代終末期(7世紀初め頃)の凝灰岩製の家形石棺蓋石です。
 明治初めに付近で出土したと伝えられています
拝殿前の注連縄止め?

北側・・・緑地公園から来ると、この鳥居に・・・
・・・この鳥居の扁額は「素戔嗚尊神社」・・・

油掛地蔵尊

この地蔵尊はもと垂水町の新御堂筋沿いに祀られていましたが、付近の道路拡張工事のため 昭和37年にこの地に移されました 油をかけて祈願すると歯痛、其の他の病気、家事難儀の折にこの地蔵尊に油をかけて願い事すれば、歯痛が治り、円滑に解消する利益があると信じられています ‥案内板より一部引用

信仰の厚さか・・・お地蔵さん、油でテカテカでした



吹田市江坂あたりは、大阪万博の際、開発が盛んに行われた地・・今や、マンションの建ち並ぶ地、しかし、一歩、奥に入ると、旧吹田街道とか、道標とか、面影を残す町並みですね!
緑地公園とか、ゆっくり散策してみたいですね!!








2018年1月11日

高浜神社‥大阪府吹田市高浜町・・「十日えびす」です

大阪府吹田市高浜町5-34 高浜神社・・・十日戎さんです
知人宅へ、ご挨拶に‥そのお部屋に、高浜神社の縁起物が飾ってありました
高浜神社へは、歩いて数分・・・知人宅へは、数十年お邪魔していますが、高浜神社へ参拝したことがありません

十日戎といえば、私は神戸・・・西宮戎でしたが!
今年は、高浜神社へ参拝しましょう・・・ちと、小雨がぱらついていますが~
えびす大黒祭・・・福引・余興・カラオケ民謡大会、盛りだくさんですね
露店も参道に‥イイスね!


吹田史跡 高浜神社
御祭神:素盞嗚大神:春日大神:住吉大神:天照皇大神:白山大神:稲荷大神
    豊受皇大神:石上大神:大国主大神:事代主大神:奥津彦大神:奥津姫大神
    菅原道真公

御由緒・・・
当社の創立は悠得にして不詳なるも古文書によれば天平七年(735年)既に吹田の大宮として存在せし 古社である
又貞観十一年(869年)には素戔嗚大神祀って疫病の流行をとめてもったとも伝えられている
神社の前面御所の内牛丸付近に太政大臣藤原氏の吹田殿営まれて建長三年(1251年)後嵯峨上皇御遊幸の時、当社にも御参拝「来てみれば千代もへぬべし高浜の松に 群れている鶴の毛衣」と詠まれた
太政大臣藤原氏代々、足利将軍家代々領主竹中氏代々、郷土橋本市代々及び遠近衆諸の崇敬厚かった神社である
尚、当社は病気災難除けの神和合の神、学問智慧の神、福の神として古来有名な大社である・・・案内板より引用

午後4時、曇天です・・・御神燈がキレイです

拝殿・・・
・・・今年も何事も無く、無病息災で、平和であることを‥m(_ _)m
縁起物、福笹ですね・・・福娘さん、かわいいです!!


ご神木「鶴の松」
和加久寿大明神
昔の境内にはこのような松の大木が沢山ありまして鶴が巣を作りましたが太閤秀吉公が大阪城築城の時、用材として切り取られとの伝説が 残っています
建長三年(1251年)後嵯峨上皇御遊幸の時、当社にも御参拝「来てみれば千代もへぬべし高浜の松に 群れている鶴の毛衣」と詠まれた
この松の大木は、天明六年(1786)の台風に倒れましたが今は巳さんの信仰があります

手水舎・・・

狛犬‥

寛政十二年(1800)と読めます

狛犬 うん? なんで、こちらだけ、よだれかけが、奉納されているの?


おおぉ・・・カラオケ民謡大会会場、お二人の方の熱唱、お聞きしました・・・お見事!!

鳥居前、石灯籠・・・享和改元年(1801)と、読める・・・立派な石灯籠です
雨が降ってきて、さらに薄暗くなってきました・・・
今日は、神社として、いつものように、参拝、拝見できませんでした
‥本殿は、三間社流造 
元禄六年(1693年)に先年焼失した御本社を再建され現在の社殿がそれであると・・・
そして、吹田市で、最古の石灯籠があると・・・
祭りが終わり、暖かくなったら、改めて参拝しましょう・・・ね!

ふと、足下みれば、マンホール・・・太陽の塔がデザインされていますね