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2023年2月21日

中井権次の足跡 松尾山 文保寺・・・ 兵庫県丹波篠山市味間南1093

松尾山 文保寺です

そうなんです、この文保寺本堂の中井権次の彫刻に魅せられてから中井権次の足跡巡りが始まりました
2023年、中井権次の足跡をもう一度、一から巡ってみようと、思い立ちました

そうなれば、スタートは「文保寺」となりますね
同じような写真、文言かもしれません
歳をかさね、カメラも変わり、多少なりとも中井権次の知識も身についたと思うのですが! 


さぁ、本堂へ



文保寺寺務所

人気のない、寒い空気のなか、長が~い参道を上ってきました

懐かしいですね
本堂と鐘楼です


松尾山 文保寺 略縁起

文保寺は大化年間(六四五~六五四)に天竺(インド)から来朝された「法道仙人」によっ て開基されました。創建当時は、「聖幡山 長流寺」と称し、多くの僧坊伽藍をそなえていました。平安時代後期になると世情は混乱し、 承平天慶の乱により、全山灰燼に帰しました。
数百年後、花園帝(一三〇八~一三一八) の御代、帝の夢枕に老僧が現れ「都の西に霊地がある、今は荒れ果てているが再興を願う」 と夢告され丹波の地に堂舎を再興し護国と民衆の安寧を祈念する寺を再建されました。再興された年号、文保(一三一七~一三一九) から文保寺と称し、宝鏡寺の宮門跡一品親王直の勅額を下賜されました。爾来多くの僧坊を構え最盛期には二一坊を数えるまでになり ました。時代は降り戦国時代末の戦乱により 再び荒廃しましたが、江戸時代に再興され山 内寺院は六ヶ院となり、明治以降は現在の三ケ院となりました。

本山:天台宗 比叡山延暦寺
本尊:秘仏 聖観世音菩薩座像、千手観世音菩薩立像
本堂(観音堂) 鐘楼、林城院 総門、楼門
山内寺院:眞如院、大勝院、觀明院
文化財:楼門、仁王像二駆、十一面面観世音菩薩 薩立像(大勝院)、雪見灯籠二灯(觀明院)



小雪舞う向拝
美しいです
では、ゆっくりと拝見し、写真に収めたいとおもいます
小雪舞う向拝も美しく、なかなかの光景でした
やはり、スタートで、文保寺を訪れてよかったです

さぁ、次なる中井権次の足跡はどこへ行こうかなぁ?


文保寺の彫刻の写真は、平凡なおっちゃんの足跡 「中井権次一統の世界」で!

2020年2月29日

中井権次一統の足跡 大歳神社、兵庫県丹波市山南町若林

中井権次一統の足跡を巡っています 
中井権次一統作品集 No54 大歳神社、兵庫県丹波市山南町若林です

この大歳神社は、訪れること、3回目です
なぜか、本殿、向拝の撮影が私にとって難しいかったのです
そして、脇障子の背面に刻銘があるのを、撮影できなかった、いや、知らなかったので・・・
さぁ、撮っていきましょう……


社頭です

境内

拝殿

拝殿梁上の龍

ズームで・・・

背面に「丹波宮津 九代目 彫刻師 中井権次 元丹波柏原」と、ある
そう、九代目、青龍軒中井貞胤(喜一郎)ですね

神額の後ろの梁上は、鳳凰か?

本殿を・・・

向拝
・・・・見事です、兎の毛通し、獅子噛、龍、持送り、木鼻、そして、梁の彫刻も・・・


       左脇障子

これです・・・1~2回、見逃していました・・・左脇障子、背面
「柏原町住人 當社彫刻師中井青龍軒」と、よめる
青龍軒の誰か?探りたくて左側にも、文字があるか、そう、SONYーRX100でも、ズームレンズを望遠鏡代わりして、見てみましたが、結論、わかりません

資料によれば・・・
五代目青竜軒中井橘正忠(1818没)、六代目青竜軒中井権次橘正貞(1791~1855没)の合作とある


       右脇障子・・・鷹と猿

右側から、200mmのズームで・・・(NikonD300S+55-200mm)

獅子噛

兎の毛通し

木鼻


妻飾り

桁隠し

社殿前の狛犬


中井権次研究家の岸名先生に伺った話では、この大歳神社は、四代の中井権次が彫刻に携わっているとのこと・・・
拝見できませんが、下写真の建物(曳山庫)の曳山には、八代目・・・青竜軒中井権次橘正胤(1854~1928没)の銘があるとのこと・・・

祭りの際、お出ましになると思いますので、ぜひ、拝見したいものです
なかなか、魅力的な、大歳神社でした

境内社は、べっとページを作成します

追記:サブ機、NikonD300S+55-200mm、初登場です