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2018年9月6日

今日のウォーキングコースの様子

台風21号の去った日のウォーキングコースの様子です

稲・・・台風の影響も無く、順調で稲刈りも、もうすぐですね!
丹波の友人曰く・・・今年は気温が高い日が続き、水分が少ないので、味が心配と・・・

お! 桜の花、開いているぞ!

なんで? 暑さボケか? 

花のことはよく分りません・・・
でも、この時期に桜の花が咲くなんて・・・おかしいですよね



2018年9月5日

知井八幡神社・・・京都府南丹市美山町北宮ノ本31-1

京都府南丹市美山町北宮ノ本31-1、知井八幡神社を訪ねます
前回訪れたのが、2015年11月18日・・・「美山かやぶきの里」を訪ねました
https://a-shi-a-to.blogspot.com/2015/11/blog-post_83.html

その時、参拝して、彫刻に圧倒され、そして、後日、中井権次一統の作ではないかとの記述を見つけ、3年を経過した、本日、再訪いたしました

府道38号線から山手をみれば、左には茅葺きが、そして右手に鳥居が・・巨木が!


    神社左手、参道坂の下に立つ、社標と灯籠

     参道を登ると・・・鳥居が

境内です

社務所前より



知井八幡神社の由緒

当神社は、中世知井之庄九ヶ村の惣社で、延久三年(1071)に創建された
永禄十年(1567)に山抜けによる大洪水で流失したため、社殿移築の協議がまとまり、元亀元年(1570)に現在地に移転、再建された・・・中略・・・
現在の本殿は、明和四年(1767)に再建されたもので、特に神社彫刻では丹波地方を代表する神社として広く知られている
また、この地は小浜と京都を結ぶ若狭街道の道筋にあったため、往来の人たちでにぎわい、旅に安全を守る神社として賑わった歴史がある


京都府指定文化財 八幡神社本殿(江戸時代)

本殿



知井八幡神社本殿を飾る装飾彫刻
・・・凄いです・・きめ細やかに説明がなされています
・・・今回、この説明文をそれぞれに引用させていただきます・・・



八幡神社本殿の造営は、明和三年(1766)の上棟で、大工棟梁「室田利平衛」が携わっている。室田大工は、播州三木からの出稼ぎ大工で地元ではほとんど知られていません
しかし、南丹町北部、綾部市、福知山市方面の、江戸中期に有名な社寺彫刻師、大阪「草花氏」「長谷川氏」や丹波柏原「中井氏」と組みその地域の中心的な社寺を沢山残している。その社寺は、細やかな細工の装飾彫刻で埋め尽くされた荘厳豪華な造りとなっています。
彫刻師については現時点、判明していませんが、彫刻細工の様子から、丹波柏原住人で、柏原拠点に丹波、丹後、但馬国、北播方面に沢山の彫刻を造っている「中井一統」の作品に近いと推測されています


向拝・・・
・・・破風先の懸魚「菊の花」・・・
懸魚の菊花の細工は、彫刻を別で繋げている物ではなく、元々一枚物の板から菊の花を彫り出だしている


力神・・・鬼の形相で力の限り屋根を支えている

正面目貫「松に鶴二羽」

「二十四考」
中国古来の特に孝行の優れた代表的な二四人について書かれた教訓書でその二つの物語が彫刻されている

右側蟇股「孟宗」
筍を食べたかった母のため、冬で筍が採れる時ではなかったが、孟宗が竹林に入って哀願したところ筍が生えてきて、母に食べさせてあげることができた。
モウソウ竹の起源になっています


左側蟇股 揚香
父と二人で山へ行った時、二人の前に虎が躍り出て来て、去るように願うが叶わず
、「私だけを食べて、父を助けよ」と願うと今まで猛り狂っていた虎が尻尾を巻いて逃げたという逸話から来ています



    手挟み・・・牡丹に鳳凰




木鼻・・・獅子

木鼻・・・麒麟


木鼻・・・漠
・・・持送りは、鳩


   ・・・左脇障子・・・「獅子の子落とし」
        我が子に試練を与え厳しく育てることをたとえて言う



     ・・・右脇障子・・・「鯉の滝登り」
          目標達成のために一気に歩み進むこと



妻飾り中央大蟇股・・「鶴」
   鶴も瑞鳥の一種で幸福を呼ぶ鳥である
   鶴の首の向きは、??共本殿方向を向いている

本殿、右側面



     本殿、左側面


   神輿庫

        狛犬



鳥居前から、由良川、悠々ひろば方面を・・・「P」の場所です

知井八幡神社・・・彫刻を眺めること1時間・・・説明文があるお陰で、大変助かりました
その「知井八幡神社本殿を飾る装飾彫刻」が作成されたのが、2017年5月5日
その文面にあるように・・・「中井一統」の作品に近いと推測されています・・と!
そうなれば、時代年代から、四代目、中井言次君音(1722~1787没)か?
しかし、今まで見てきた、君音の作風とは違うように思えますが・・・

どうあれ、想像するだけで、楽しいですね
「中井一統」の作品に近いと推測されていますので、私の備忘録では、中井権次一統の足跡として、登録しておきます









2018年9月4日

熊野神社・・・京都府京都市右京区京北上弓削町宮ノ本

京都府京都市右京区京北上弓削町宮ノ本、熊野神社です
創祀時期は天福元年(1233年)と伝えられている古社です

国道162号線を美山へ走っています
・・・その国道162号線と弓削川を挟んだ西側の道沿いです



     参道

手水舎

拝殿・・・
・・・十二支の絵馬か?



熊野神社由緒

祭神:伊邪那美命 天照大神 外五柱

略記
熊野神社はもとの名を「熊野大権現」と称し紀州の国、今の和歌山県の熊野本宮大社より御神霊を勧請し祀られて社である
古伝によると四条天皇の御代天福元年(1233年)に創立され、霊験顕著にして熊野詣と称してその崇敬の範囲は丹波全域は勿論丹後若狭に渉り参拝者は常に跡を断つことなかしと伝えられている。
特に新年に三箇日、総祈祷祭例祭には多くの出店が並び賑わったと伝えられている
寛正元年(1460)上弓削の大火で本殿を始め諸建造物消失、貞享四年(1687)本殿再建、拝殿は安政七年(1860)の再建である。慶応四年(1868)に熊野神社と改称した。
例大祭には神輿三基が二日間にわたり巡幸する。丹波地方でも数少なく神秘的であり勇壮である・・・案内板より引用・・・



本殿




三間社流造

蟇股

境内社 稲荷神社






    社標横、石灯籠、文化十一年(1814)と、刻まれている

熊野神社の例大祭には神輿三基が二日間にわたり巡幸する・・・御旅所で一泊すると記されている・・地図見ていると、御旅所の場所を通り過ぎていたようです
ストリートビューで、調べてみると、立派な御旅所の写真がありました