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2017年6月12日

豊前坊、高住神社・・・福岡県田川郡添田町英彦山!

英彦山神宮を参拝し、花見ヶ丘で絶景を・・・そして、英彦山で最後の参拝場所・・・
・・・豊前坊、高住神社にを参拝します・・・




高住神社・・
・・豊前坊といわれ、豊前豊後の開拓の祖先を祀っており,五穀豊穣、牛馬安全、鎮火の神で名高い・・・

木々に覆い被されているが如き、石灯籠、鳥居が・・・依然、小雨が降っています・・・

石鳥居は元禄十年(1698年)・・・と、ある

巨木が現れました・・・
樹齢 約850~900年とある・・・ご神木、天狗杉





頂いた、英彦山豊前坊 高住神社由緒

御祭神・・

豊日別命…豊前豊後の住民の守護神(豊日別国魂神)  
・・伊邪那伎命・伊邪那美命二柱の生み給いし一四の島の三、「筑紫の島(九州)は、身一つにして面四つあり、面ごとに名あり。筑紫の国(白日別)・豊の国(豊日別)・肥の国(建日向日豊久士比泥別)轟曽の国(建日別)という。豊日別神は豊の国=豊前豊後の御魂として守り給う神なり。

天照大神…日の神 
・・伊邪那使命が橘の小門にて御楔され、左目を洗いますときになりませる神。天に坐して八紘に照り渡り給う意の御名なり。皇室の御祖神として伊勢神宮に祀られる。

天火明命…稲穂(農耕)の神(天照国照彦火明之命)  
・・天忍穂耳之命と寓幡豊秋津師比責命との間に生史れし神。適適塾命の兄神で、御名は稲穂の尊称であり、穂赤熟を意味して おられる。

火須勢理命…鎮火(火伏)の神(火燗之命)   、       ・・邇邇藝命と木花之佐久夜比賣(阿多津比賣)との間に生まれし神。兄神は火照命(海幸彦)で、弟は火遠理命=穂穂出見命(山幸彦)なり

少名毘古郡命…禁厭(祈祷)医薬の神
・・ 神産巣日神の御子。御手の俣より漏れ落ちて、この中津国に降り、朝鮮の国土を治め給い、帰られて大国主命と兄弟の誓いをなし、我が国土を造り固め、禁厭医薬の道を講じて国民を救い、のち再び去りて常世国(外国)に渡り給う
      
社伝によりますと、御祭神は豊前豊後の国の守護神として、もと鷹巣山に妃られ人々の病苦を救い、農業や牛馬家内安全の神として古くから崇めれ、 社殿は遠く継体天皇の御代(約1500年前)藤原恒雄によって創建されたと伝えられています
 又、当神社は豊前坊天狗神としても有名で、欲深く馨りに狂った人には天狗を飛ばせて子供をさらったり、家に火をつけたリして慈悲の鉄槌を下し、心 正Lく信仰する人には家来の八天狗をはじめ統べての天狗を集めて願い事を遂げさせ、其の身を守ると伝えられてきました
境内の石鳥居は1698年=元禄十年(約300年前)、青銅の神牛は1839年=天保九年(約160年前)に、ともに五穀豊穣、牛馬家内安全を祈頼して、田川郡の大庄屋六人が住民を代表して奉納したものです
人畜の病める部分を振替えてもらうよう其の部分の膚をなでる風習あり。
英彦山豊前坊は九州の天狗群の棟梁格で、霊カが抜群という天狗倒しでも有名です
・・・高住神社由緒より引用


天狗が睨んでいるよ・・・冷えるのでしょうね、 ストーブが2台あります・・・

巨岩が覆い被さるかごときに見える本殿・・・・

日田酪農部会奉納 乳牛像

青銅の神牛は1839年=天保九年(約160年前)に、ともに五穀豊穣、牛馬家内安全を祈頼して、田川郡の大庄屋六人が住民を代表して奉納したものです
人畜の病める部分を振替えてもらうよう其の部分の膚をなでる風習あり・・・

苔が重そうな、狛犬君・・・
ここで、偶然にも宮司さんとお話ができました・・・
・・・田中陽希さんがきたのですか?・・と!!
そう、あの田中陽希さんが、立ち寄ったと・・・その写真を写真に・・・
そして、いろいろと、お話させていただきました・・・m(_ _)m

NHK・・日本百名山ひと筆書きに田中陽希が挑む「グレートトラバース」・・
実は、私、登山はしないですが、なぜか、気に入り、田中陽希ひと筆書きのように全ての行程を歩いて日本百名山を登るを・・・全部録画し、拝見しました・・・凄いことです!!

一度、録画を見直してみよう・・っと!!


御神木付近から、参道を望む・・・さぁ、次なる目的地へと・・・

そして、色々お話させていただいて、今回参拝の記念に是非、お土産にと・・・
由緒書と、そして、御神酒を・・・頂きました・・m(_ _)m

またまた、よき出会いができました・・・
そして、お土産までいただき、感謝、感謝です・・・・ありがとうございました・・・

そして、国道500号線で、耶馬溪へ向かいますと、お話すると、猿飛甌穴群(国指定天然記念物)があります、是非、見てくださいと・・・それに、その側に、酒屋さんがあります
そこで、焼酎、耶馬美人を是非・・・と、情報を・・・

・・そう聞けば、猿飛甌穴群(国指定天然記念物)を、見て・・大好きなお酒・・立ち寄ります・・・(*^_^*)

これで、我が故郷、福岡県田川郡添田町を離れます・・・(涙)




追記:参拝日 5月25日





英彦山神宮への参拝です・・・福岡県田川郡添田町


いよいよ、英彦山神宮へ参拝です…
英彦山温泉、朝風呂に入り、心身ともスッキリして、参拝準備です…
このお宿は、朝食が午前8時…しかし、ご厚意で、7時半に、そして、ロビーにて新聞読んでいたら、
どうぞ!!・・って!・・・7時15分…いやいや、助かります…(*^_^*)

きっちり、和食の朝ご飯をいただき・・・さぁ、出発です・・・


残念ながら、小雨です・・・(^^;)
・・・がんばります・・・


英彦山神宮は、福岡県田川郡添田町の英彦山にある神社。旧社格は官幣中社。現在は神社本庁の別表神社
通称「彦山権現」。日本三大修験の霊場として栄えた神社である。
英彦山は北岳・中岳・南岳(主峰の南岳:標高1,199m)の三峰で構成され、中央の中岳の山頂から山腹にかけて上津宮・中津宮・下津宮があり、その下に奉幣殿がある。また英彦山全域に摂末社が点在する・・・Wikipediaより引用


まずは、英彦山神宮 銅の鳥居へ・・・


お宿から、数分・・・英彦山神社 銅の鳥居・・・

銅鳥居・・・国指定重要文化財(建造物)・・・
・・・ 江戸時代前期、寛永十四年(1637年)の佐賀藩主鍋島勝茂の寄進
「英彦山」の勅額は霊元天皇の宸筆という

銅鳥居付近の「P」へ停めるのですが、帰りは、英彦山スロープカで降りるかも・・・
と、いうことで、英彦山スロープカの「P」まで少し走り、そこから参道を歩きます・・
しかし、現在、午前8時・・・だれもいませんね・・・あたりまえやろ・・って!


了乗坊…
中世末の祭祀記録にある古い坊です、幕末までほとんど神道系山伏(惣方)として神幸祭や御田祭を司祭
しました…山伏たちは日本では仏が神として現れると考えその神を権現と称えました、しかし、明治政府の廃仏毀釈へ急進し、多くの仏像は廃棄されましたが、密かに神棚の隅に隠して崇拝した坊が少なくありません。了乗坊の神棚はその状態をよく残しています。明治以降に旅館へ転向しました・・・案内板より引用

松養坊・・・
ちょっと、振り返って・・・雨に濡れている参道の石、・・数多く方の参拝ですり減っていて、滑りますね・・
・・・どれだけの方が上がってこられたのかと想像するだけでもワクワクです

二ノ鳥居?
・・・ここから320段ほど、あるらしい・・・ガンバ!!

うん? 山開き? と、いうことは・・・山頂に行けないのか? 行かないが・・m(_ _)m
ググってみました・・・
・・国史跡として指定を受けた英彦山、5月28日、今年も夏山シーズンの始まりを告げる「英彦山山開き」が開催されます ・・・今日は5月25日、わぉ!!

参道を上ります・・
参道右手に・・報恩寺跡の宝篋印塔

参道左手に、江戸時代に建立したと言う巨大な宝篋印塔が・・・

いや、すてきな参道光景です・・・でも、雨で濡れて、滑りやすいで~す!!
もうすぐですね・・・

招魂社・・・幕末の志士を祀る

建物が見えてきました・・・やっと到着です・・・雨も、やみましたね!!



やった!! 到着です・・・時刻は8時10分頃・・・約15分で上りきりました・・・
・・・誰もいませんね・・・一人です・・・(*^_^*)

英彦山神宮、奉弊殿・・・国指定重要文化財
・・・ 江戸時代前期、元和二年(1616年)の細川忠興による再建。入母屋造、こけら葺、元の英彦山霊仙寺大講堂・・・

我が故郷でのいろんな想い、感謝を込めて、参拝いたしました・・念願が叶いました・・(*^_^*)

英彦山は、古来から神の山として信仰されていた霊山で、御祭神が天照大神(伊勢神宮)の御子、天忍穂耳命であることから「日の子の山」即ち「日子山」と呼ばれていました。

嵯峨天皇の弘仁10年(819年)詔(みことのり)によって「日子」の2文字を「彦」に改められ、次いで、霊元法皇、享保14年(1729年)には、院宣により「英」の1字を賜り「英彦山(ひこさん)」と改称され現在に至ってます。

英彦山は、中世以降、神の信仰に仏教が習合され、修験道の道場「英彦山権現様」として栄えましたが、明治維新の神仏分離令により英彦山神社となり、昭和50年6月24日、天皇陛下のお許しを得て、戦後、全国第三番目の「神宮」に改称され、英彦山神宮になっています
・・・英彦山神宮より引用

祭神は北岳・中岳・南岳を神格化し各峰に一柱をあてる
主祭神・・北岳・・・ 正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命
   配神・・南岳・・・  伊耶那岐命
          中岳・・・  伊耶那美命

それにしても、鈴が大きいです
手挟み・・・鯉か?

この鳥居をくぐって、下宮、中宮、上宮へと、上がります・・・
・・・この鳥居の前で、参拝して、上へには、参りません・・・・m(_ _)m

天の水分神(龍神)・・・
・・・修験者が入峰時に必ず水筒に入れ峰中の保健飲用として用いたものである近来は不老長寿の御神水として多いとのこと・・・
社務所・・・
・・・開いていません・・・突然、奉弊殿からホラ貝の音が・・・おおぉ! いてはったか?

参道を上から望む・・・

残念ながら、又、雨が降ってきました・・・始発の、英彦山スロープカーで降りましょう・・8時50分発

神駅の始発が8時50分・・・標高約710m (下の時刻表は花駅発分)
花駅(旧英彦山小学校)標高600m 
・・・「α君」が待っています・・・



念願の英彦山、そして、英彦山神宮への参拝、無事に済みました・・・
故郷のお山、英彦山・・・本当は、上宮を・・・しかし、登山者でなければ、厳しいと、お宿で聞きました!
普段でも、山、登らないのに・・・云われそうですね!!

麓でのお宿、温泉、料理・・そして英彦山神宮参拝・・・よき英彦山の旅でした!


この後、TV放映されていた、地元の方の知る人ぞ、知る、絶景ポイントへ・・・参ります!



追記:参拝日、5月25日