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2017年8月11日

宗雲寺・・・中井権次一統の足跡を巡って・・・京都府京丹後市久美浜町

中井権次一統の足跡を巡って、京丹後市久美浜町にやってきました・・・
・・・宗雲寺・・・木々に囲まれ、静寂のなか、よき、雰囲気の寺院です

境内の案内板より・・・
宗雲寺
 開山千畝周竹和尚は、もと久美浜町小字多茂ノ木にあった常喜庵を永享四年(1423)京都近衛家の庇護により、現在の宮谷の地に移し宮谷山常喜寺を建立したと伝える。
以後丹波の天寧寺、安芸の仏通寺と共に禅宗愚中派の三本寺として栄えた。
 天正十年(1582)松井康之が松倉城主となり、父正之、「清月宗霊禅定門」菩提ために叔父の南禅寺住持玄圃霊三和尚を中興開山として招き、天正十五年に再興された。尚、文禄元年(1592)の豊臣秀吉の朝鮮出兵に際しては、松井康之、与八郎父子と共に玄圃和尚も外交僧として従軍している。
 当寺は、以上の由緒により開山当時や玄圃霊三に関係する資料など多くの歴史資料が保存されている。また庭園には蓬莱石を中心に多数の石組と心字池を配し、小規模ながら枯淡な造りとなっている。そのほかに長禄二年(1458)の銘の残る宝篋印塔や松井康之の父正之、母法寿をまつる肥後の墓などの文化財が伝えられている・・・京丹後市教育委員会

本堂と正対に立つ、潮音堂・・・
・・・向拝は、中井権次の世界である・・・

中井権次正貞の作・・・

実に繊細な唐獅子親子か・・・
・・・この裏に刻銘があるのは分かっているのですが、回り込めない、まして、撮影しようとすると、お堂へ上がらなければならない・・・諦めました!
木鼻、持送り



十六羅漢の庭と・・・

宗雲寺庭園 京都府指定文化財 


残念なことに、長禄二年(1458)の銘の残る宝篋印塔、京丹後市指定文化財を見忘れていました・・・(^_^;)
う~ん? もっと、落ち着いて、拝観しましょう・・・


参拝日:2017年8月4日












2017年7月25日

全性禅寺・・・中井権次一統の足跡を巡って・・京都府京丹後市峰山町


中井権次一統の足跡を巡って、京都府京丹後市、府道17号線を北上しています・・・
京都地方法務局京都丹後支局の側・・・

おおぉ・・山門のど真ん中に車を停めているよ・・・う~ん?・・なぁ?
私は、勝手に、中井権次一統の足跡を拝見しにきているので、文句は言えませんが・・ね!

そして、山門の左手にいた、門番の柴犬に、吠えられてしまいました・・・
ごめんなさいと、云ったら、吠えるのやめてくれました・・・(^^;)


山門、中央、蟇股の龍・・・
右、木鼻

左、木鼻・・・


立派な本堂です
寺務所・・庫裡?

この天満宮は、大層、参拝客で賑わう様子が、全性禅寺のホームページで、見てとれます・・・


全性寺と天満宮
江戸時代前期、全性寺が臨済宗天龍寺派の寺院として建立されたとき、仏様やお寺をお守りする鎮守の神社として天満宮が造られました
以来350年を超える時を刻んでいます
天満宮のご神体は平安時代貴族、菅原道真公は天神さまと呼ばれ広く親しまれています
現在の社殿は平成19年に再建されたものです・・・案内板より引用

弘化五年(1848年) 十四代實翁和尚代 狛犬・・・
・・・狛犬、身構えて、門番しているね・・・そう、柴犬と同じやね・・・


天満宮の石灯籠・・大事に保存されていますね・・
この石段は、天満宮への参道・・・


疑問が・・・
・・・いつも参考にさせていただいている、丹波新聞、中井一統の技・・に、全性寺が紹介されている・・・
・・・彫物師丹州柏原町住、中井権次正貞の朱色の銘が鮮やかだ。木鼻の阿吽の呼吸の唐獅子と獏も目にガラスが入って一層生き生きしている。持ち送りの猿と枇杷の姿もユーモアがあって面白い。・・・と、あります!

しかし、記述の諸々が見当たらない・・・私が、訪れた山門が、間違っているのかなぁ・・?
他には山門は無いし・・ね!

・・・木鼻の阿吽の呼吸の唐獅子と獏も目にガラスが入って・・・と、あるが、上部写真のように、白目?

中井権次正貞の朱色の銘も見つからない・・・う~ん?

まぁ、全性寺には、間違いないし、阿吽の唐獅子と獏も、中井権次一統の作に間違いなし・・

と、いうことで、「よし!」・・しましょう・・・・



参拝日:2017年7月21日