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2014年6月5日

比叡山延暦寺・・西塔です!

世界文化遺産、比叡山延暦寺(東塔・西塔・横川)を巡ります!

延暦寺、東塔地域の、根本中堂・・・東塔地域を巡っていくと、なにか1200年の歴史・・よく知っているような錯覚が・・
凡人の私には、やはり、比叡山=織田信長の存在が大きいですね・・と! 
これを機会に、比叡山焼き討ちなど、ググってみると・・・なかなか、興味深いものが・・・一杯です!

しかし、尾根、谷に堂塔が建っているのですね・・石の階段の昇り降りの多いこと・・・東塔だけで、ちと、くたびれています!

さぁ、西塔地域へ参りましょう・・・さらなる、修行、苦行の道です!

西塔地域、・・「ようこそ比叡山延暦寺へ」、「慈覚大師1150年御縁遠忌」の横断幕の門?をくぐります
その、第3代天台座主 慈覚大師 円仁(延暦13年(794年)-貞観6年1月14日(864年2月24日)は・・・ググってみました!

入唐八家(最澄・空海・常暁・円行・円仁・恵運・円珍・宗叡)の一人で、智証大師 円珍も・・

・・比叡山の僧はのちに円仁派と円珍派に分かれて激しく対立するようになったのです。
正暦4年(993年)、円珍派の僧約千名は山を下りて園城寺(三井寺)に立てこもります。
以後、「山門」(円仁派、延暦寺)と「寺門」(円珍派、園城寺)は対立・抗争を繰り返し、こうした抗争に参加し、武装化した法師の中から自然と僧兵が現われてきたと・・
(・Wikipedia引用・・)
僧兵・・こういった背景も、あるのですね・・・・!

坂を下りていくと、親鸞聖人ご修行の地、親鸞聖人旧跡の石碑が・・・親鸞(見真大師、1173年 - 1262年)浄土真宗の開祖
進むと・・「にない堂」に・・左に常行堂、右に法華堂・・写真中央が「にない堂廊下」が・・
この「にない堂廊下」は2つの堂の間に渡り廊下を配した全体の形が天秤棒に似ているところから「担い堂」の称があると・・・
桁行四間、梁閒一間、唐破風造でつながれて二つの堂と廊下の姿から「にない堂」と呼ばれていると・・(案内板より引用)
常行堂・法華堂・・二棟は全く同形の堂が左右に並んでいます
桁行五間、梁閒五間、一重、宝形造、栩葺の建物で、正面に一間の向排をつけています

常行堂・・・阿弥陀如来を本尊とする、文禄4年(1595年)の建築
法華堂・・・普賢菩薩を本尊とすると・・・
さぁ、又、石段の坂を下りましょう・・
左手に、「西塔政所」が・・・ここは、延暦寺学問所・・表示に「修行中につき、拝観?を謝絶いたします」と・・あります!
右手には、第三番・・恵亮堂(亮しか変換できない)
恵亮和尚(800-859)を本尊として祀っておられます

石段の坂の下に見えてきました・・・釈迦堂です!
延暦寺転法輪堂(釈迦堂) 桁行七間、梁閒七間、一重、入母屋造、栩葺形銅板葺の建物
文禄四年(1595年)に豊臣秀吉の命により、貞和三年(1347年)頃に建てられた園城寺弥勒堂(金堂)が移築されたもので、比叡山では最古の建築です
そして、正面の柱間がすべて戸口(入口)になっていて、珍しいものと・・内陣は天台仏堂の特徴である、一段低い型どうりです!(案内板より引用)

写真右上:入口から振り返ると、石段のすごさと広場の大きさがわかります

地図を頼りに、「浄土院」へまいります
浄土院(宗祖伝教大師最澄の御廟)であり、山内でもっとも神聖な場所とされて聖域です
ここは大師の御遺骸を祀り、以来ご廟を守る僧侶を待眞といい、一生山を降りない覚悟で昼夜を分かたず、厳しい戒律のもとに心身を清浄にして生身の大師に仕えるように今も霊前のお給仕に明け暮れています。
待眞は、早暁より薄暮まで勤行と掃除勉学修行に励んで、12年間山を降りない籠山修行の内規に則って生活している・・とのことです!

この案内板を読んで・・・う~ん!・・いや、凡人には、到底できないこと・・・です!

中に入ると、見事な石庭で、なにか空気感が違います、身が引き締まる感があります!

さて、その先の石段・・山王院と、あります
登りましょう・・・なんと、凄い石段・・一段一段が幅広く、そして、高く・・土、洗われ、ごつごつと・・・
ヒィヒィいいながら、上がりました・・・山王院堂!
第六祖智証大師圓珍の住房で、後唐院とも云ったが、前述した、円仁派と円珍派の争いにて圓珍 派はここから智証大師圓珍の木造を大津三井寺(園城寺)へ移住したと云われている
このお堂は歴史上、貴重なお堂です・・・と、(案内板より一部引用)
写真右上:石碑に「園教院?跡」・・と、一文字、わかりませんm(_ _)m

ここからが、問題、発生なのです・・・「浄土院」と、「山王院」は、東塔地域の入るみたいなのです!
地図に無いのです・・で、私達、道、迷いました・・・で、最終的に、ドライブウエイを歩こうとしたら、・・・
親切な方がおられ・・「ドライブウエイは歩行禁止ですよ!」・・「元の石段を降りて下さい」・・と!
道標案内図では、山王院よりグルッと回る道があるので、それを帰ろうと・・・その道がドライブウエイだったとは・・・

Wikipediaでは、「浄土院」は東塔地域、案内図では、西塔地域・・・ここは、正式図で、西塔地域として・・・

えぇえっ・・あの石段の坂を降りるの?・・・修行です、いや、苦行となっております!
なんとか、降りてきました・・写真右下は浄土院の前付近です・・さらに、来た道を戻ります・・

ちょっと、いや、ちょっとどころでは、ありません・・・ばてています・・足元、どたどたです!

さぁ、「α君」に戻り、・・・昼食に・・・そこは、蜂道レストラン・・・
展望台より・・安土城方面?を・・パチリです・・・

・・・・しばし、休憩・・次は横川地域です・・続きますm(_ _)m

追記: ググっているとき、わかったのですが、瑠璃堂があります
瑠璃堂・・織田信長の比叡山焼討ちに際して、焼け残った唯一の堂とのこと!
その場所は、・・釈迦堂の東ぐらいから入る道が?・・よく、わかりませんし、そして、ドライブウェイを跨がなくてはなりません・・残念!!

比叡山延暦寺・・東塔です!

世界文化遺産、比叡山延暦寺(東塔・西塔・横川)を巡ります!

2014年5月後半は、なぜか、夏日が・・猛暑が続き、暑い・・涼?を求めてではなく・・
いつもの「明日どこか、行こか?」の・・・思いつき!!
もう、梅雨に入りそうな気配なので、朝起きたら、曇り時々、晴れ・・しかし、空、見上げれば・・青空!!・・
よっしゃ、行こっ!・・ってことに!

2013年は、延暦寺との深い関係の坂本へ、延暦寺といえば、織田信長、安土城跡・・訪れました!
延暦寺の麓を走っていながら、なぜか・・登っていません・・・しかし、いつか、比叡山へと!

そして2014年6月の早朝・・空見上げれば、晴れの日・・・天気予報を見て・・嫁に「比叡山!!」・・
嫁の「ええぇ・・!」の声を聞きながら・・出発です!
「α君」・・名神を走り、京都東ICから、湖西道路、近江神宮ランプから、比叡山ドライブウェイ、田の谷ゲートから入ります!

目的地は当然、世界文化遺産・・「比叡山延暦寺・・東塔、西塔、横川」・・制覇です!
と、いうことは、比叡山ドライブウェイ、奥比叡山ドライブウェイ・・所謂、縦走です!・・そして、仰木ゲートから、坂本へと向かいます・・

仰木ゲート・・無人の通行券発行なのですね・・・色々とドライブウェイの走り方、ルートがあるみたい・・・・!

はい!・・比叡山ドライブウェイ・・空いています、そらそうやろ! 平日、朝、早い・・!
雲少しあり、新緑、綺麗・・・上がるにつれ、「α君」の外気温度表示・・下がっていきます・・・24度を表示!
「α君」、窓開けて、・・気持ち良い風・・です!
走ること、間もなく、「夢見が丘」という、「P」、トイレ、展望台へ到着・・・車、いません・・・
我が家から1時間半ぐらい、快調です・・・ここで、トイレ休憩です!
そして展望です・・・
おおぉ・・・琵琶湖の南側、大津方面・・
・・・・絶景です!!
さぁ、先にすすみます・・京都市内が展望できる、登仙台は、パス・・

道標どうり、第1「P」へ到着・・・広いなぁ!・・しかし、多くはないが、それなり、来てはります!
「α君」・・できるだけ、木陰の場所に、停めます!
カメラもって、ググってきた、資料持って・・さぁ、行きましょう・・・これから始まる、苦行、修行とも知らずに??(^^;)

諸堂巡拝券550円・・この一枚で、比叡山延暦寺(東塔、西塔、横川)の諸堂を参拝できるとのこと・・・
後で記述すれば、いいのですが、東塔、西塔、横川にある、「P」は全て、無料です!!
国宝殿の前の道を上り、「大講堂」へ参ります!
大講堂です・・
本尊は、大日如来で、その左右には、比叡山で修行した各宗派の宗祖の木造が祭られていますと・・
昭和39年、坂本の讃仏堂を移築したものとのこと・・・
沢山の方がお参りで、堂内では、何やら、法要?らしきものがとり行われています
帰宅後、ググってみると・・「伝教大師御影供」とありました・・
大講堂の写真をとり、経をあげるお声を聞きながら、国宝、根本中堂へまいりましょう・・
その降りる坂の階段は・・・已講坂といわれ、よく分かりませんが、問答往復の想をねりながら・・と、あります
その坂を下り、左折すると、・・・おおぉ!・・また、すごい、坂道、国宝、根本中堂への坂です!
比叡山延暦寺(東塔、西塔、横川)それぞれに中心となる仏堂があり、これを中堂と呼びます
東塔の根本中堂は、その最大の仏堂であり、延暦寺の総本堂であります・・

靴を脱いで、廻廊(国重要文化財)へと、入ります・・・
もちろん、内部、撮影禁止です・・・・
しかし、罰当たりがいます、・・おばさん・・「撮影禁止」の文字、読めないのかなぁ?

中庭には、左右に「笹(竹台)」があります 以前、TVの放映で、日吉大社との関わり(神仏習合)からと、見たような気がしますが・・(?)
本堂へ入りますと、う~ん!・・ここは中陣と呼ぶらしい・・その場所にて、案内されている僧侶が・・「不滅の法灯」と案内されています!
そしてよく、見えませんので、その場に座して、手を合わせ、そして、よく内部(内陣と呼ぶ)を拝見すると・・・
一人の僧侶が、読経されています・・・! その右側の本尊の前に三つの「不滅の法灯」が灯っております!
・・堂内は外陣・中陣・内陣に分かれ、本尊を安置している内陣は中陣や外陣より3mも低い石敷きの土間となっており、内陣は僧侶が読経・修法する場所であることから別名「修業の谷間」といわれる。
内陣の本尊・不滅の法灯と中陣の参詣者の高さが同じという珍しい構造になっており、これを天台造又は中堂造と呼ばれ、天台仏堂の特色を示している。
中陣の天井は「百花の図」といわれ、二百に及ぶ草花が極彩色で描かれている。柱は76本あり、諸国の大名が寄進したことから「大名柱」と呼ばれる。 ・・・この柱は比叡山だけではまかないきれないため、全国からと、・・案内されている僧侶が話されていました!!
中陣中央には玉座がり、その上に昭和天皇宸筆の「傳教(伝教)」と書かれた額が掲げてあります・・・(・・Wikipedia引用・・)

「不滅の法灯」・・・天台宗を開いた最澄の時代に始まり、以来1200年以上にわたって途絶えることなく灯っている。この「不滅の法灯」は、戦国時代に一回づつ消えたことがある、山形県の通称・山寺「宝珠山・立石寺」に分灯していたことが幸いし、引き続き法灯を守り続けていると・・
 
これも、TVでの放映で僧侶の説明が・・・「不滅の法灯」は、定期的、担当別ではなく、常に誰かが、見て、灯火である菜種油を注ぎ、火芯を取り替えるらしい・・へぇ・・おおざっぱとのこと!と、云っていましたね!
高校時代の旅行で、根本中堂の石碑の前で写真を撮りました・・それから、数十年が経ちました
しかし、記憶・・出て来ない!・・(^^;)

さぁ、重要文化財、廻廊を歩き、根本中堂には、お別れしましょう・・・!

根本中堂の前の坂・・・文殊楼へ・・
・・・紅葉の新緑から見える姿をの根本中堂から側から、パチリ・・・
文殊楼は、根本中堂の正面の尾根上にあり、ほぼ東を向いて建っています
桁行三間、梁間二間、二重、入母屋造、銅板葺・・楼上には、文殊菩薩が安置されておられます
ここ、文殊楼は楼上に上がることが出来ます・・
でも、階段幅狭く、急な、そう、50~60度ぐらいの傾斜がありそう!!
両手すりをしっかり持ち、上がりました
文殊菩薩・・一般に智慧を司る仏とされているとのこと・・合格祈願が多いですね!

そして、今度は急な階段を、降りることに・・・慎重に、一段一段を・・・・おおぉ、怖わ!!

次は、戒壇院へ・・・僧侶が大乗戒(規律)を受ける比叡山中で最も重要なお堂である
桁行三間、梁間三間、一重、宝形造、栩葺 正面:軒唐破風 外観からは裳階をつけていることから、二重屋根のように又、柱間も五間のような建物に見えます
いや!・・この姿は、すばらしい・・・です

さて、整備された、石の階段を上がりましょう・・いや、新緑に囲まれ、気持ちいいです!!
阿弥陀堂です、そして、左には、東塔があります・・廻廊にて、つながっております
壇信徒の先祖回向の道場とのこと・・本尊は丈六の阿弥陀如来です

東塔は、伝教大師最澄は日本全国に6か所の宝塔を建て、日本を護る計画をされましたが、この東塔がその中心の役割とするとのことです
お堂の前には、水琴窟があり、「心 静かに妙音をお聞きください」の案内板のように、心、静かに聞かせていただきました!

さぁ、駐車場に戻りましょう・・・その途中の木々の間からちらっと見える、琵琶湖、三上山(近江富士)です!
東塔から、次は、西塔です・・・参りましょう・・続きます!!