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2025年4月4日

丹波かいばら・雛めぐりです・・「JR柏原駅 駅舎」そして、昼食です

丹波市柏原の雛めぐりを楽しんでいます
今回の会場は、JR柏原駅 駅舎です
何度も柏原は来ていますが、ここJR柏原駅は、初めて訪れます
ついでに、昼食をと考えました

JR柏原駅 駅舎
メルヘンチックな駅舎は大阪花博において、会場内アクセス路線として運行されていた「ドリームエキスプレス」の「山の駅」の駅舎を閉幕後に移築したものです


待合室のお雛さん

改札口からホームの様子
撮り鉄ではないのですが、ついパチリしてしまいます

シャッターペイント 「木の根橋」

観光案内板

昼食タイムです
今回の雛めぐりでいろいろ探していると、観光案内にグルメ情報がありまして、駅構内にレストラン山の駅があるのを知りました

「駅弁豚めし」Yahoo,Google 検索一位の板野さんちの丹波ポークに惹かれまして、昼食を!


レストランでいただくと、豚めし重です

食レポのつもりでパチリしたのですが、ピンボケになりました(未熟です・・ご容赦!)
ボリュームがあって、丹波ポークも美味しくて、昼食として選んだのは正解でしたね

JR柏原駅には丹波市営の一時駐車、一時間無料の「P」があります
これは知らなかったので、また昼食の折には利用しましょう
昼食時間帯は、満車かもしれないね?












2025年4月3日

丹波かいばら・雛めぐりです・・「たんば黎明館」

丹波かいばら・雛めぐりを楽しんでいます
今回は、前回の柏原藩陣屋のお隣の「たんば黎明館」です

たんば黎明館

柏原藩陣屋跡の北側の「旧氷上郡各町村組合立高等小学校」です
明治18年(1855年)氷上郡各町村組合立高等小学校校舎として建てられた
その後、郡立柏原病院となり、明治41年(1908年) から昭和23年まで、柏原高等女学校校舎として使用される・・・木造二階建て、寄棟造りの本棟は、屋根は瓦葺きながら、外観の下見板には白色系のオイルペ ンキが塗られ、バルコニーを支える太い6本の円柱や玄関扉上のステンドグラスを配した半円形の飾り窓に明治中期の洋風建築の成熟ぶりが感じられると・・・ 説明案内板より引用


廊下もエエ感じです

丹波市立 旧氷上高等小学校校舎 図面

二階へ
会議室の出っ張り・・・玄関上のバルコニーです

中井権次彫刻の新発見の説明講演会で訪れました
https://a-shi-a-to.blogspot.com/2023/03/blog-post_05.html

2年前か! 月日の経つのは、はやいですね

中井権次に関する講演会は開催されないのかなぁ?
企画、待っています











2025年4月2日

丹波かいばら・雛めぐり・・「柏原藩陣屋」

丹波かいばらの雛めぐりを楽しんでいます
今回は国指定史跡、柏原藩陣屋です
通常は、入館料が要りますが、雛めぐり開催期間は無料なのです
陣屋は織田信休が移封後約20年を経た正徳四年(1714)に造営した居館跡です
当時の陣屋は、文政元年(1818)の火災で焼失し、文政三年(1820)頃に再建されたものです
当時の陣屋は、約20000㎡の敷地に表御殿、中御殿、奥御殿のある主屋や台所、幕末には藩校の崇広館等が存在しました
平屋建、寄棟造で西面、南面、東面の三方に土庇が付きます
正面の玄関唐破風と千鳥破風は桧皮葺です
畳敷きの部分が161帖半、屋内面積は613.38㎡です
外観は桃山時代風の書院造で、玄関より北側の棟は大正期の改築ですが、玄関と大書院は再建当時の姿を残しています


玄関の生け花

小学生の子供たちの切り絵のお雛さん・・上手です!

明治から昭和にかけての稻畑土人形

上段の間

江戸時代



アップで一枚・・見事です、重そう?

よく手入れされ、樹勢もいいようですね・・樹齢は?

久しぶりに柏原陣屋に入りました
何度訪れても、いいところです

また来ましょう

















2025年4月1日

丹波かいばら・雛めぐりです・・「かいばら一番館」

丹波かいばら・雛めぐり・・次は「かいばら一番館」です
織田神社の斜め前、「木の根橋」の側の建物です


正面から
かいばら一番館は、丹波市柏原町柏原の旧市役所柏原支所が改修され、愛称「かいばら一番館」としてオープンしています
観光客の休憩や生徒らの自習場所などに活用されていましたが、いまはイベントのみかもしれない?
同施設は広さ約260平方メートル

お伴は、Nikon D600 メイン機のZ7はお休みです
そしてレンズは、今日のために広角19-38mmレンズを入手したようなものですね

入り口、右手の階段を見立てて見立ていますね・・一番お気に入りのお雛さん

数年前までは、この階段を使い二階まで閲覧できたのだが、耐震性の問題などで、上ることはできないのです



会場奥から

大正十四年とあります





吊るし雛

吊るし雛が始まったのは、江戸時代といわれています
その頃、特別裕福ではない一般のお家では、雛人形はとても高価なもので、なかなか手に入らないものでした
だけど、生まれてきた子供の幸せを願う気持ちはみんな一緒
だから、お母さんやおばあちゃん、叔母さんから近所の人たちまで、みんなで少しずつ小さな人形をつくり、持ち寄って「つるし雛」が作られ始めたとあります


かいばら一番館を裏からパチリ

木の根橋

定番のマンフォール写真


次なる会場へ・・・

追記:過日購入したNikon D600 以前から持っていた19-38mmレンズ
今日のような被写体をパチリするために温存してたようなものです
メイン機のNikon Z7にFTZを介して取り付けても、レンズが古すぎるのかAFは動作しません