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2017年9月3日

長楽寺・・・中井権次一統の足跡を巡って・・・兵庫県豊岡市日高町上石661

中井権次一統の足跡を巡って・・・兵庫県豊岡市日高町上石661、長楽寺を訪れます
但馬の古刹、水生山、長楽寺です

写真下が、参道となります
見てのとおり、葛折りの坂道、杖があるということは、それなりに覚悟がいる、参道、上り坂ですね


水生山長楽寺縁起
水生山長楽寺縁起 当山は、奈良期の和銅年間、行基菩薩により開創された寺で、ついで平安朝時代真如法親王巡鍚のみぎり当山を真言宗に改められた
当山の山号は水生山と称し、山麓に汲めども尽きぬ清泉ありこれに因んで名づけられたものである
かっては寺は大いに栄え一時は、十二坊舎あり、然るに戦国時代、豊臣秀吉、水生城に来攻し城落寺亦荒廃す
よって、暫く村裡に移る 正德年間、原地にかえり後、徐々に諸堂を整備し寛政年間に本堂(薬師堂)を再建し今日に至る 本堂は江戸中期の絇爛たる文化の所産で精微を極め、本堂薬師如来は行基自ら彫刻された秘仏で、古来霊験あらたなことで知られている


延々と続く、葛折りの石段を、汗、ボトボトになりながら、やっと、山門にたどり着きました
いや~、久しぶりの苦行でした・・・(>_<)


山門(仁王門?)の仁王さん


山門内から参道、奥の本堂を・・・


本堂、木鼻


右手にある、鐘楼

すこし、石段をあがれば、長楽寺薬師堂です
・・・この位置から眺めることしばし・・・うん!! イイすね

豊岡市指定文化財、日高町指定有形文化財
建造物 長楽寺薬師堂
寛政三年(1791)再営の薬師堂は、町内でも少ない江戸時代の建築である
建築様式は小屋組みであるが、建築装飾は見える処見えないところが はっきり区別され、多くの彫刻が施されている
屋根は従来瓦葺であったが、昭和51年に銅板に葺きかえられた


瑠璃殿

いや、見事ですね・・・
中井権次作品集では、薬師堂の中には中井君音の彫刻あり・・・刻銘「中井言次・同清次」とある!
そして、豊岡歴史博物館ニュースには・・・
建物の内外には、名彫物師・丹波国の中井権次の手による龍や獏などが装飾されていますと


さぁ、下山します

山門の蟇股

日高町の風景・・・PM4時、少し雨がぱらついてきました

この坂です、脚にきてますね

帰途は、北近畿豊岡道の新しく開通した部分を初めて走ってみました・・・
以前は下赤枠の八鹿氷ノ山ICが最終でしたが、上赤枠、日高神鍋高原ICが出来ていたのを前回知りましたので、ぜひ! 使わせていただきましょう



写真下:iPhone4Sのドライブレコーダの写真を・・・
時間は大分、短縮されますね・・・無料です!!

これで、丹波市氷上から豊岡市日高町まで、52km 10分の短縮ですね・・・


参拝日:2017年8月18日

追記:この後、丹波市を通過中、雷、ジャジャブリの雨、いやはや、雨で、前、見えません
スマホ、Xバンドで雷、雨雲みると、「α君」はその雲のど真ん中でした








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