ページ

ページ

2014年3月11日

淡路市 江埼灯台(江崎灯台)

明石海峡の安全を守る、江崎灯台・・・

淡路島の北部、一度訪れたい名勝、場所が数ヵ所あります!
そのうちの一つ・・江崎灯台・・先日も、伊弉諾神社を訪れた時の帰路で、通りましたが・・・・・

で、3月この晴天の日、偶然にも又々、淡路島へ・・・・このチャンス、逃しません!!

江崎灯台・・淡路インタを降り、県道31号線を西へ・・・
あの悲惨だった阪神淡路大震災、平成7年のことでした
その震源地、明石海峡、そして、その明石海峡の地下約14kmを震源とする地震は、マグニチュード7.3、最大震度7を記録しました。この地震は、活断層である「野島断層」が再び動いたことで起こったことでした

石埼灯台も、その「野島断層」の側にあり、石造りの灯台も甚大な被害にあったのです
野島断層の出現で、大きな食い違い(約1.3mの右づれ)ができてしまいました
その後、石埼灯台も当時の状況をできる限り残し、改良されたとのことです
今は、国指定天然記念物に指定された、野島断層から北8kmに位置する、緑の道しるべ・北淡町江崎公園の山に江埼灯台(江崎灯台)はあります
勿論、県道、公園「P」からは灯台は見えませんが、灯台のモニュメントが立っています
その「P」に「α君」と停め・・・・
説明板によりますと、江埼灯台は、慶応3年(1867)徳川幕府が兵庫開港の備えとして欧米列強に約束した五つの灯台の一つで、英国人の技師リチャード・ヘンリー・ブラントンによって設計され、日本で8番目に建設された石造りの洋式灯台で、石造りの灯台として日本で3番目に古い灯台で、歴的史、文化財的に価値のある建造物です。

石造りの灯台は、1871年(明治4年)4月27日に初点灯した当時のままの姿を残しています。
灯台からみる明石海峡の眺めには格別なものがあります。この海峡は昔から好漁場で、漁業が盛んに営まれ、船が絶えるなく海峡を行き来しています
これら行き交う船の安全を守るこの灯台の役割は、図り知れないものがあります。(案内板より引用)
管轄は海上保安庁・・急勾配の階段を若干、ヒィヒィ云いながら登ると、そこに入口が・・その入口の看板に、「立入禁止」とありますが・・施錠もなにもなく、入らせていただきました!m(_ _)m
その入口の門を入ると、そこには明石海峡を望む灯台が、デンっと座っております
近づいてみると、1871年(明治4年)4月27日に初点灯した記念プレートが壁に埋め込まれており、その左側には、近代化産業遺産のプレートも・・・
白いペンキで化粧されていますが、石造りである壁の形など、よくわかります!
そして、回り込み、灯台を背にして、明石海峡を望むと・・・おおぉ・・・絶景です!
今日は、風もなく、それに晴天、もうすぐ春ですよっと、いいそうな日差し、青い海が・・・
灯台から眺める、右下写真、明石海峡大橋、いつもと逆の西側からのお姿が・・・
写真左下は、播磨灘を望む絶景です・・
この場所、眺望こそ、石埼灯台が立っている意味がわかる・・すばらしいところです・・・・
海峡を管理、監視する定点カメラ?もあり、さすが、これをのぞき込む勇気などなく、恐る恐る、回りこみ、眺望を楽しみました!!
さぁ、急勾配の階段を降りましょう・・・ざっと、140段ほどの階段です
下から見上げると、階段はゆがんでいます・・・恐ろしい力です!
写真左下:上から見た階段・・右下、それを見上げると、歪んでいます・・・
この地点より南へ8km・・北淡 震災記念公園 野島断層の道しるべ、そして、淡路島の観光案内図・・・この県道31号線・・サンセット道路・・夕日絶景の海沿いの道です・・ホント、信号も数えるぐらい少なく?、ゆったり、流すドライブに最高で~す!

そうそう、淡路島の向かい、反対側の位置の明石市、明石港の西の防波堤には約350年前に建てられた明石港旧灯台が保存されているとのこと。
この次はこの明石港旧灯台・・・行きましょうかね!

0 件のコメント:

コメントを投稿