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2020年7月4日

法相宗大本山、興福寺・・・奈良市登大路町 前編

法相宗大本山、興福寺です
緊急事態宣言が解除され、県をまたいでの往来が可能になりました

じつは、ぜひ来たかったのです
なぜ?
国宝五重塔が、約120年ぶりの大規模修理が行われることの記事をみて、工事用覆屋で覆われる前にその姿を見たくて・・ね!

薬師寺の東塔が、解体修理が約5年かかったとことから、興福寺の国宝五重塔は、大規模修理の期間は、約10年間とも云われています(記事は未定と記しています)
興福寺本坊の軒丸瓦

前回は、阿修羅像を拝見のため来ました
そして、阿修羅像の魅力にはまった経緯があります
五重塔・・・元気なうちにぜひ、この眼で見ておかないとね・・・


奈良と云えば、鹿・・・
ちゃんと迎えてくれましたが、鹿せんべいをくれなさそうな人を見分けるようですね

さぁ、拝見します
・・・国宝 興福寺五重塔です・・・

室町時代 高さ50.1m
天平二年(730)に光明皇后が創建。現在の塔は応永三十三年(1426)に再建
初層の須弥壇に、薬師三尊像(東)釈迦三尊像(南)阿弥陀三尊像(西)弥勒三尊像(北)を安置
いずれも室町時代作


県庁前から国宝館へ、そして東金堂の背面に・・・
そこから眺める、五重塔


       境内から・・・

            
      相輪の高さは15.08m 仏舎利、水煙、宝輪を見上げます


     初層から三層まで
     屋根先に鬼瓦とその上の鳥衾瓦が突出し、一層の軒先の下には風鐸が下がる



       真正面から
       三間五重塔婆、本瓦葺



一層目の軒下の構造
組物は三手先組、中備は間斗束であり、和様である

定番構図・・・国宝、東金堂と五重塔

東金堂
神亀三年(726)聖武天皇が叔母の元正太上天皇の病気全快を願って建立 現在の建物は室町時代の応永二十二年(1415)に再建 前面を吹き放しとした寄棟造で、組物である三手先斗栱が多用されるなど、創建当初の奈良時代の雰囲気を色濃く伝えます


五重塔・・・明治維新の廃仏毀釈の折、売りに出されたが、解体費用のほうが高くつくということで買い手がつかず、かろうじて取り壊しを免れたという有名な話が残っています



すでに五重塔の周りには、作業用柵が設置の準備が進んでいます

奈良寺社ガイドによれば・・・
大規模修理に乗り出す。まず修理に向けた調査を始め、2022年度にも屋根のふき替え工事などに着手する方針。
調査を請け負う奈良県によれば、塔の屋根は過去に瓦が落下するなど経年劣化が進み、ふき替えが必要とされる。来年度から約2年かけて塔全体の破損状況などを調査する方針だが、全面的な解体修理には至らないとみられる。修理の終了時期は未定。

また、機会をつくり、拝見しに来ましょう・・・
次は、興福寺境内、平成30年、再建落慶を迎え復元された中金堂を拝見したいと思います


追記:観光客、訪れる人もまばら・・・よき姿が撮影できました







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