矢田坐久志玉比古神社は、奈良県大和郡山市矢田町にある式内社、別名「矢落神社」
創祀年代は不詳
貞観元年(869)正月二十七日、従五位上を授けられた古社で、延喜式神名帳に記載されている大和国添下郡十座の筆頭社で式内大社である
社頭
・・・重要文化財 矢田坐久志玉比古神社 本殿 室町時代
・・・重要文化財 八幡神社 社殿 鎌倉時代
二社殿が重要文化財なのです
神門
・・・祭神である櫛玉饒速日命が天磐船に乗って空を飛んだという、先代旧事本紀に記されている故事により航空祖神として崇められ、プロペラが奉納されている
プロペラ・・・第二次世界大戦前の日本陸軍最初の単葉戦闘機の旧陸軍中島飛行機、九一戦闘機のプロペラと同じ型という・・・
拝殿
・・・拝殿周りにロープが張られ、重要文化財の本殿に近づくことができません
下方から拝するも、本殿は見えない・・・
拝殿、右手より、本殿の屋根を・・・ズームで
本殿は一間社春日造、檜皮葺。小社ですが木割りは荘重で、蟇股、木鼻の彫刻、脇格子にはめられた吹寄格子など、細部の手法も優秀です。
現在の本殿の建築年代は室町時代初期と推定されています。
本殿の西側に建っている末社の八幡神社社殿も重文に指定されています。
構造や手法は本殿に類似していますが、建築年代は少し遅れる室町時代中ごろと考えられています。・・・大和郡山市文化財より引用
左の社殿が、重要文化財 八幡神社
ググってみると・・・
祭神・櫛玉饒速日神が、天神から授けられた天羽々矢を、三本を射て、矢の落ちたところに住まいを定めたという。
一の矢が落ちたところが現在の神社となり、よって、当社を「矢落大明神」とも呼ぶ。
(あるいは、二の矢が落ちた場所が現在の神社になったとも)
できれば、もう少し奥に仕切りロープをしていただければ、重要文化財を巡っているものとすれば、ありがたいのですが・・・
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