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2016年10月28日

三式戦闘機「飛燕」レストア・・・川崎重工創立120周年記念展に行ってきました!

何時の日か、忘れましたが、新聞記事に、・・・川崎重工創立120周年記念展、飛燕レストア・・・展示が開催されるとの記事、発見・・・2016年10月15日~11月3日まで・・・これは、行かなくては・・

場所は、神戸ポートターミナル・大ホール 入場料無料、撮影OKです!

受付の右手に掲げられたパネル・・・川崎重工創立120周年記念展・・・

配布パンフレットより・・・飛燕を・・・
■「飛燕」とは・・・
川崎重エグループの源流の1つである川崎航空機工業が開発した三式戦闘機 「飛燕」は約3000機が製造されました 
過給機を搭載した液冷エンジンを載せ 高速性と旋回性を合わせ持つなど卓越した性能を発揮し、世界の水準に 達したと言われています。
航空機の理想の姿を副旨した土井武夫率いる当社 技術陣の情熱は、コンパクトな正面シルエットと高アスペクト比の細長い主 翼を持ち、従来の日本の航空機とは大きく異なるスマートで特徴的なスタイ リングの航空機を生み出しました。
「飛燕」Ⅱ型は、ライセンス生産だった液 冷エンジンを独自に高出力化して機体を大改修したもので、その優れた性能 から太平洋戦争末期には本土防空任務に配備されましたが、高度な製造技術 とメンテナンスが求められたこともあり、生産機数はわずか99機にとどまりました。

■Ⅱ型改試作17号機の変遷・・・
 今回展示するⅡ型改試作17号機は「飛燕」Ⅱ型量産機のペースとなった機体 で、新鋭機の実用実験や性能審査を行っていた航空審査部飛行実患部(東京 都福生市)にて終戦を迎えました
日本の航空機が次々と廃棄・破壊され、 接収された機体もスクラップにされていく中、この機体は接収後に米軍横田 基地で展示されていたことから奇跡的に生き残りました。
1953年に白本へ 返還された後は一般財団法人日本航空協会へ譲渡され、各地のイベントで展 示されましたが部品の紛失や機体への損傷が相次ぎ、次第に元の姿を失って いきました。
このため、米軍による修復が施され、その後は航空自衛隊岐阜基地で保管を経て1986年から知覧特攻平和会館で展示されてきました。
このたび「飛燕」の修復依頼を受けた当社は、同機の生まれ故郷 岐阜工場にて、日本航空協会による文化財としての価値を尊重する修復方針に沿った 監修を受けつつ、機体の修復を実施してまいりました。
「海燕」を修復するため、社内で有志による2つのチーム(HiRET&HaRET) を結成し、機体調査や文献調査を行った結果から修復方針を定め、細部に至 るまで検討を重ねました。
現存する唯-の「飛燕」が取り戻した本来の姿から、75年前に初飛行した機体 に込められた技術や、誇り高き情熱を感じていただけたらと思います
・・・配布パンフより引用


さぁ、飛燕に・・・ドキドキしています!
おおおぉ・・・まさしく「飛燕」です・・・プラモデルを購入できる年代の折、何機、作ったことでしょう・・

知覧特攻平和会館からの搬出移動時の映像では迷彩色が施されていたのですが、すっかりキレイに、すっぴんになっています・・・(*^_^*)

では、2階テラスから・・・拝見します
・・・・正面、右翼の下が液冷装置・・・水・滑油冷却器・・・

武装は12.7mm機関砲 主翼は7.7mm 二門






1階に降りて、拝見します・・・

方向舵、フラップなど・・過去に修復されたものか? 材質が本物と違ったのかなぁ?・・・ 私感!
おおぉ・・いいすね! やりますね!
・・プラモ?モデル機を置いて、本物と、はい、パチリ・・・はい、この撮影に拍手です・・・(*^_^*)







計器盤・・
過給器・・
Ninjya 展示コーナー 奥は、記念品売り場・・・

よき、面構えですね・・Ninjya H2R・・・



750turbo US仕様らしい・・・
なにか、記念品をと思いましたが・・・ 1/32 ソリットモデル 85320円 う~ん! 高い!
飛燕・・・大変、満足いたしました・・・
・・・来場者の方々も眼をキラキラさせて、ジィ~と、見つめていたのが印象に残っています

聞くところ、土日祝日は3~4千人 平日で1千人が来場されるとのこと・・・いや、皆さん、よくご存じで・・m(_ _)m

・・・飛燕レストアプロジェクトチーム・・・ご苦労様でした!!・・・・


PORTTERMINAL 送迎デッキ・・・閑散としていますね・・
外へでてみました・・・
間近で見るのは、初めて・・・
神戸港・・東方面です・・・いや、よき天気です・・

青い空、青い海・・・よき天気です・・・
「飛燕」・・・戦争兵器ですが、日本の航空機芸術品として見れば、叉、これもよし・・
零戦は、呉のヤマトミュージアムで、レストアされた現物を拝見しました・・・

戦争を知らない時代に生まれました・・

・・・しかし、今は亡き、私の父は、一式陸上攻撃機の飛行士でした・・
ですから、知覧特攻平和会館には、特別の想いがありましたね・・・父、特攻一日前に終戦と聞いております・・・

さぁ、お化粧が施されるのか、飛燕レストア機はどこへ展示されるのでしょうか?
知覧特攻平和会館に帰るのでしょうか・・・ね!







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