ページ

ページ

2016年4月27日

船城神社・・・兵庫県丹波市春日町歌道谷!

中井権次一統の足跡を巡って・・舟城神社へ、向かっています・・下図、左上、赤丸・・
そう、国道175号線を、東へ・・・ところが、「カーナビ君」の画面の進行方向、右側に、船城神社が現れました・・
うん?・・道、場所、間違ったか? ・・舟城か?船城か?・・・

「カーナビ君」の画面に現れる、神社マーク これ、それなりの神社m(_ _)m・・なんです!
表示される、されないは、基準はわかりません・・・一度、調べてみるつもりですが・・・?

で、参拝するには、全然問題ないし、逆にラッキーかも・・その船城神社に、まいりましょう・・・下図、赤四角部分



到着しました・・・
雰囲気はいいすね!・・「P」する場所を・・(^_^;)


・・・・まずは、社頭案内板を、ジックリ読んで・・・・うん! 期待できます!・・・・

船城神社・・由緒
当社はもと山王権現社と称し南にそびえる天ヶ嶽(標高514m)を御神体山として、国常立尊、国狭槌尊、豊斟淳尊を祭神としています
天文年間(1531~54)に安達少膳国弘が当地に来住して自ら祠職となり、農業を振興し当社を再興してのち子孫がこれを継承しました
江戸時代に皇室や宮家の崇敬すごぶる厚く、後西・霊元・東山・中御門天皇の御祈願所となり、宝永三年(1706年)には、霊元法王の院宣により有栖川家より神輿が、享保六年(1721年)には鳥居が、叉数々の宝物が寄進されました
明治初年船城神社と改称され同十年(1877年)十月には神饌皋料供進指定神社となり、建物には本殿拝殿、神楽殿、舞殿、神輿舎、宝舎があり、築地塀には定期筋がひかれ格式の高さをあらわしています
天皇家をはじめ宮家などから奉納された、御撫物、神酒入れ、霊元天皇奉納文箱などの什宝や山の字、唐八景、三夕和歌、色紙や女房奉書、山王権現御許状など厖大な古文書を蔵しており、建物およびこれらの宝物は皇室の紋がもちいられ、その多くが春日町指定文化財となっています・・・春日町歌道谷区       ・・・社頭案内板より引用

鳥居・・享保六年(1721年)に寄進とある・・
           桜の花ビラの絨毯?を、慎重?にすすみます・・・(*^_^*)

おおぉ、エエ感じですね!!
          神輿舎・・

築地塀には定期筋がひかれ格式の高さ・・・寺でいう門跡やね!
拝殿、本殿・・・
向拝・・・
拝殿内・・・
拝殿の右には、神楽殿・・・
             神楽殿内・・

エエ感じですね・・・石灯籠、氷上郡、明日村、宝永四年(1707年)とよめる・・
                    参道に咲く・・八重桜・・・(*^_^*)

船城神社・・思わぬところも参拝しました・・・いやいや、落ち着いた雰囲気の神社で、社頭案内文から記述の、天皇家、宮家との関連も興味深く・・
ググってみましたが、情報はない・・ね!
なぜか?・・・色々、文化財からもググってみても出てこない・・・
調べ方が甘いのかも・・・まぁ、社頭案内文で、十分ということで、妙に納得・・(*^_^*)

結論・・・〇でした!!


参拝日:4月15日





0 件のコメント:

コメントを投稿