ページ

ページ

2015年5月11日

木梨神社・・・中井権次一統の足跡を巡って・・兵庫県加東市藤田

加東市藤田・・・木梨神社!
県道17号線を農道?に石碑、案内板、鳥居があります・・・
右の案内板を撮影するの忘れました・・・郷社 木梨神社とあります!
奥のトンネル・・参道は中国道の下を通るのですよ・・・物議、色々あったでしょうね!
トンネルをくぐるとすぐ、社殿・・・・絵馬殿?・・立派なもんです!


創立 延喜二十二年(922年)
本殿祭神 八十枉津日神

十代崇神天皇の時、物部八十手がこの地に、八十枉津日神を祀りのち、将軍彦坐命が丹波の賊を征伐した時、当地において神託があり神社を創建されたといわれている。
また、木梨軽太子が神前に幣帛を捧げられた因縁から、社号を木梨神社と呼ぶようになったといわれている。
六十代醍醐天皇(平安時代)の時、将軍多田満仲公がこの里に大池(多田池)を築造され、同時に満仲公によって再建された由緒ある神社で、延喜式神名帳に記載された式内社であり、天皇の勅使参向の官社であった。
のち、この大池に大蛇が住むようになり、藤田三郎太夫行安が当社に祈願して、これを退治した伝説は有名である。 その後、藤田明神とも聖九社明神とも呼ばれたことがあり、明治6年(1873)11月郷社格に加列され、大正8年(1916)2月神饌幣帛料供進神社に指定される・・・案内板より引用

本殿・・
いや! ここまで、覆い隠されると・・何を言わんやと・・思うね!・・木鼻もさみしいそう!
保全、防犯・・色々大変でしょうが・・・いやはや!・・私感です
摂社・・市杵島神社
左から、愛宕神社 八幡神社 ?

舞殿・・・「P」の側です 右に立派な杉がそびえています!

由緒ある社格の木梨神社・・・本殿があまりにも完璧に覆われているので、残念です!
防犯上仕方ないことですが・・・

訪問日:5月8日



・・・中井権次の世界・・・

本殿、左面


見事です
なんとか、脇障子は撮影できました!
全て、覆い屋で覆うのがいいと思いますがね・・
          

         当社彫物師

  丹波柏原住
     久須善兵衛
          政清
           中井丈五郎
                     正忠

・・と、ハッキリとキレイな書体で刻銘されている

        

0 件のコメント:

コメントを投稿