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2015年4月30日

丸山城跡・石造九重塔・・・大阪府豊能郡能勢町!

能勢氏の居城、地黄城跡を拝見しました・・・その折の説明に・・
・・・平安後期、多田満仲の一族が能勢に入部して土豪化してのち国基になって能勢郡を領有、はじめて能勢氏を名乗り、西方の丸山城を本拠地とした・・・と!
国道477号線・・東郷バイパス・・地黄城跡前は旧道・・その、東郷バイパス沿いの小高い山が、丸山城跡・・・
管理人さんい聞きました・・・能勢町は観光事業に力を入れている・・・山肌を伐採して、山城を演出しようと・・頑張っていますね!


しかし、こちらからはまだ、登山できません・・未完成かも!
仕方なく、次の目的地「清普寺」へ向かいます・・・
この「清普寺」の門前に「α君」を停め、振り返ると・・・丸山城跡です!
標高278m、比高40mの丸山に築かれた中世能勢氏の居城。城跡は南北155m、東西30mの規模で、南北に細長く配された郭などの遺構がよく残っている・・と・・・
写真上、真ん中の桜の木の付近・・大手登り口に大阪府指定文化財、石造九重塔があるらしい・・
しかし、道がない・・よく、見れば、その桜の木の下にハシゴらしきもの・・
もしかしたら、あのハシゴが目当て・・・と、いうことは、畑のあぜ道を通っていくのかいな・・?
では、参りましょうか・・しかし、今日は所用のため、革靴・・・気をつけて歩きます・・・
城山の石造九重塔(地黄-丸山城址の大手口)
ここ「丸山」はという丘陵地は鎌倉時代の頃より能勢氏の本拠地として武威を振るった中世山城の丸山城址である。
ちょうど、大手口付近にあたるところに層塔と宝篋印塔(延文五年-1360年)とがならんで東面して造立されている。
本塔は能勢町内の石造文化財中、最も古いもので、今から715年前である・・・省略・・・

石造九重塔

石材は花崗岩製で、相輪が九輪の五輪目を残し、その上が欠失して下に転落している

鎌倉時代 弘安十一年(1288年)総高 309.4cm
大阪府有形文化財指定

この九重塔の手法はおそらく、大和西大寺に属する名工石工集団の製作であろうと云われている・・
宝篋印塔(延文五年-1360年)
     
少し、山へ入ると・・史跡 城山城跡の案内がある・・裏登山口かも・・・

石造九重塔付近から見た、次なる目的地、清普寺、全景・・「α君」も停まっている・・
この田のあぜ道を歩いてきました・・・(*^_^*)

いやぁ・・歴史が感じられますね・・石造九重塔・・鎌倉時代 弘安十一年(1288年)・・
すごい年月、風雪に耐えて立っているのですね!!

さぁ、清普寺へ参りましょう・・・!




追記:訪問日 4月27日





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