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2014年12月2日

長崎電気軌道電車一日乗車券、グラバー邸・・・九州の旅・・長崎市!

長崎観光の初日も、平和公園、浦上天主堂、亀山社中跡、興福寺、眼鏡橋、稲佐山の夜景・・そして、夕食は、長崎チャンポンと、皿ウドンをいただきました・・・・

さぁ、二日目です・・・早朝、宿の窓から見た、長崎駅、北側の「P」・・・

観光バスが20数台・・おおぉ!
長崎市は、大型バスの「P」が少ないかもね・・・
だから、ここに集約されているかも・・・
窓から外みて、天気も、う~ん!・・
曇り!・・雨さえ、降らなければ・・と、願い!

今日は、「α君」は休憩・・・路面電車で、観光地を巡ります・・・・
路面電車・・1回、120円なんですが・・・プラチナカード?、所謂、プリペイドカードがありますが、売り切れ・・・
事前にググってきています・・・スマホアプリで、当日限りの、一日乗車券が購入できるのです・・

それも人数分、購入できます・・・
嫁と二人ですから、1000円・・・
正式名称:長崎電気軌道電車一日乗車券・・・

当日、購入ですから、朝、6時から、スマホで・・・・購入!
支払いが、スマホのキャリア引き落とし、カード、があります・・ここは、スマホキャリアで・・
Nexus5だから、Softbank・・・認証とれません・・・うん? なんでやろ?
よくよく、みると、宿のWiFiにつないでいます・・・
これや!・・で、WiFiを切断して、LTEで・・・
・・・おおぉ、出来ました・・・

いやはや、便利なものです・・
これで、路面電車降りるとき、ワンマンカーの運転手さんに提示だけ・・・
めちゃ、楽しいので~す!
最下部にCM が流れますが・・・・(*^_^*)

さぁ、準備は出来ました・・・最初の観光地は・・嫁、第一希望・・グラバー邸です・・・
路面電車・・青の正覚寺下行に乗り、築町で乗り換え、緑の石橋行きへ・・
本来なら、大浦天主堂前で下車するのですが・・・・実は、終点、石橋まで行きます
何故かって・・知人に聞いたのです・・グラバー邸第2ゲートから入るのです・・・
なんと、斜行エレベータが設置されているのです  5階で降りるよう、張り紙があります
斜行エレベータを降りたところからみる市内  その次は普通?のエレベータで上がります
脚の悪い方、車椅子の方などが・・グラバー邸観光が楽にできますね!
グラバー園入口です・・開園は午前8時半・・今、8時40分・・誰もいません・・(*^_^*)
旧三菱第2ドックハウス・・・観光客、誰もいないと思ったら・・一人、おったよ!
ドックハウスとは、修理のために船が造船所に入っている間、乗務員達が宿泊した施設・・

明治29年に造られた典型的な西洋風建築です
上下8本の柱が支えています
旧三菱第2ドックハウスの内部の様子です・・・
ベランダから見た、長崎の景色です・・・ベランダの枠と相まって、すばらしいです!
遠くに、昨夜登った、稲佐山、TV塔が、見えます・・・・

旧長崎高商表門衛所・・

明治から昭和初期にかけて日本の経済分野の高等教育を担った官立高等商業高校創立時の表門衛所を移築したもの・・・

モダンな装飾の中に障子の間があり、和洋折衷の造りになっています・・

旧ウォーカー住宅

イギリス人実業家、ロバート・ネール・ウォーカーの次男が暮らしていた家・・

日本風の庇など、日本趣味が反映されています

旧長崎地方裁判所長官舎

明治16年 長崎市上町に建てられた、長崎地方裁判所長官舎・・・

居留地の外側に建てられた洋風の官庁建築として長崎で唯一残る貴重な建物です

レトロ写真館として・・朝早いので、閉館中!

わが国西洋料理の歴史は16世紀中頃、ポルトガル船の来航に始まり、西洋料理の味と技は鎖国時代、唯一の開港地長崎のオランダ屋敷からもたらされた・・・・
写真右下:旧自由亭・・・江戸時代の終わりごろ、日本で初めて西洋料理のレストランとして伊良林の神社前にオープン。創立者の草野丈吉は出島のオランダ人の元で修行したとある・・・

国指定重要文化財・・・旧グラバー住宅
1863年に建てられた、現存する日本最古の木造洋風建築・・正面玄関も設けないクローバ形の建築は、南国風のバンガロ-をイメージさせます

写真左下:グラバーと、妻ツルの写真、犬の彫刻が施された愛用のステッキが展示されています
写真右下:姿が写せない鏡 実は姿見ではなく、部屋を明るくするために設置されたと・・
ダイニングルーム 150年前の数々の西洋料理が展示されています

台所・・・
写真右下:台所の床に使われている煉瓦は、普通の煉瓦より薄くて、まるで、コンニャクのような形
縦に並べて使っていたのでとても頑丈だそうです・・・コンニャク煉瓦!

この建物はお茶煎り場として使用されていたもの
天然貯蔵庫・・馬屋裏の石垣に木製の扉がある 天然の貯蔵庫で四季通じてほぼ一定の温度を保てるとある・・・(写真左上右の建物)

300歳のソテツ・・

この大きな蘇鉄はグラバー邸が建てられた当時、グラバー氏と親交のあった薩摩藩主島津候から贈られたもので、300有余年の樹齢といわれている・・・
ベランダの天井は菱組網代天井・・・
グラバー住宅の主屋は、周囲にベランダを巡らし、内部に廊下がなく、ベランダを通路として使っていました 。 ベランダの列柱の間には菱形透かしスパンドル(欄間)装飾を用い、ベランダの天井は菱組網代天井となっており、装飾性が高いものとなっており、1961(昭和36)年に主屋と附属屋が国の重要文化財に指定されたとあります・・・

この彫刻は今日のキリンビールのラベルのもとになったものであり、又、ラベルの「麒麟」に太い口ひげが描かれているのはキリンビール社の前身である、ジャパン・ブルワリー・カンパニーの社長を務めたグラバーの口ひげをもとのしたといわれている
因みに、ロバート・ネール・ウォーカーの兄、ウイルソン・ウォーカーは、グラバーとともに「ジャパン・ブルワリー・カンパニー」を設立・・これが、現在の麒麟麦酒株式会社の前身となりました

写真左下:ツルさんのお部屋 大阪府生まれ 慶応三年(1887年)グラバーと結婚とある
写真右下:隠し部屋・・
ツル夫人にお廊下天井に出入り口がありそのはしごを登ると小部屋二つがある・・・
グラバー邸を訪れた、幕末の志士をかくまう為に使用されたともいわれている・・

写真左下:トーマス・ブレーク・グラバー像 
写真右下:グラバー邸、庭園は三菱長崎造船所創業百年を記念して長崎市へ寄贈されたと・・・

トーマス・ブレーク・グラバーは、日本産業に貢献し、新しい時代への扉を開いたと・・・ある!
しかしながら、主たる商売は武器・・所謂、死の商人でもある・・・ 日本にて薩長同盟も企て、王政復興結ばせ、明治維新を起こさせた張本人との説も・・・そして、日本を支配下に、植民地と・・目論んだとの説もある・・

まぁ、今の現実でも、この辺は脈々と動いているのだが・・・
今日は観光・・歴史の事柄は観光地としては、関係ないから・・・過ぎ去った偉業の事実の場として・・足跡を感じながら、グラバー園を見てまわりました・・・・

さぁ、出口です・・・
坂を下り、大浦天主堂へ、向かいます・・

グラバー園の備忘録が、長~くなりすぎました・・m(_ _)m



追記:・・・先人の教えより・・
グラバーは、ロスチャイルド家の系列会社であったマセソン商会の社員として中国の上海に 派遣され、その後、日本代理人として長崎に赴任し、グラバー商会を設立。当初は、生糸や茶の卸売をしていましたが、幕末の混乱に着目して薩摩・ 土佐藩士など倒幕派を相手に、武器や弾薬を売り始めます。 
坂本龍馬を利用し、画策して、薩長同盟、大政奉還、王政復興、明治維新と進んでいくのです・・
グラバー園には、フリーメイソン・ロッジの門がある・・・・坂本龍馬もフリーメイソンの説も・・ある・・
そして高知の中岡慎太郎の銅像にはフリーメイソンの証がある・・
後藤象二郎、岩崎弥太郎、そして、中岡慎太郎・・・日本が近代化?戦争への道に進むのだが・・・
坂本龍馬、暗殺・・・邪魔者は消せ・・・の説!・・・色々とググっていくには、実に興味津々です







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