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2013年10月12日

橿原・明日香エリア・・・飛鳥寺、伝飛鳥板蓋宮跡へ!

平凡なおっちゃん・・・「ぶらっと、のんびり・ひとり旅」は、飛鳥寺へ!

日本最初の本格的な寺院であり、日本最古の飛鳥大仏が鎮座する、飛鳥寺・・・
さぁ、参りましょう

飛鳥寺前の駐車場に「α君」を停め、入ろうとすると、入口左前に・・・
「遠路ようこそ飛鳥寺へ! 御一読を」と!

・・・左写真、クリックすると拡大し、読めますよ・・・

平成10年4月にご住職が謹記としたもので、やはり、一読しなければと・・・
その前に仁王立して、読むこと10分・・・

文面一部を・・・現在の本堂は古えの中金堂(一塔三金堂)の位置に相当し、本尊飛鳥大佛は千三百九十有余年間そのまま座したまうは、奇跡の存在といえよう
・・・中略・・・
驚くことなかれ、シルクロードの終着点であり日本の起点であることに間違いなしと
・・・後略・・・

拝観料350円 駐車場500円をと、思いきや・・・拝観されるかたは、駐車料・・・無料ですって!

では、本堂へ・・・
靴脱いで、上がろうとするその入口の上がったすぐのところ椅子に座って、首をうなだれて、いや、・・・寝て?はるような、いや、失礼!!・・・寺の職員さん・・・

本尊飛鳥大佛様の前に座して合掌、拝顔していると・・・
ぞろぞろと、学生、そう、修学旅行生、6人余り、それに一般観光客数名!

そうすると、先ほどの寺の職員さん・・・
「ご説明させて、いただきます」と、お出ましになり、「皆様、合掌!」と!

約5分間ぐらい、本尊飛鳥大佛様の歴史を語られました
主に1390有余年間そのまま石の上に座したままですよ!
一歩も動いていません・・・ってね!
そして、最後に皆さんに、どうぞ、「写真を撮って結構ですよ!」って!
・・・えぇ!いいの?‥・って!
じゃぁ、お言葉に甘え、失礼かとは存じますが、パチリです
普段はどの寺院でも、ご本尊、堂内はカメラ禁止!・・・当たり前です!

あちら、こちらと、訪れましたが、寺の職員さんが、座して説明していただき、さらに、写真撮影まで・・・ありがたいことです!

他にも、聖徳太子孝養像(室町時代)、阿弥陀如来坐像(藤原時代)が寺宝とされていますが、さすが、撮影はご遠慮させていただきます

今回、撮影許可が出ておりますので、本尊飛鳥大佛様のみ撮影させていただき、備忘録にも御姿を掲載させていただきます・・・合掌・・・



左右から、撮影いたしております
本尊飛鳥大仏(銅像 飛鳥時代)重要文化財 釈迦如来坐像 
609年 鞍作鳥(止利仏師)によって作られた日本最古の仏像である。高さ3m、銅15トン、金30㎏を用いて造られたと・・・ご説明が!

釈迦像も鎌倉時代の建久7年(1196年)の落雷のための火災で甚大な損害を受けているが、何度かの調査にて、2012年7月に早稲田大学の大橋一章らの研究チームが行った調査結果が同年10月に公表されたが、これによると現存像の大部分が造立当初のものである可能性が高いとのこと!‥(Wikipedia、パンフ 一部引用)

飛鳥寺は588年に百済から仏舎利が献じられたことにより,蘇我馬子が寺院建立を発願し,第33代推古天皇4年(596年)に創建された日本最初の本格的な寺院で法興寺・元興寺、飛鳥寺(現在は安居院)とも呼ばれた。

うん?‥元興寺?
9月21日の備忘録にも記しましたが、飛鳥寺の創建当時の瓦が使われている元興寺
なぜ、寺院名が同じ?と、一人、ぶつぶつと・・・
そこで、備忘録、記する時、ググってみると・・・

都が平城京へ移るとともに飛鳥寺も現在の奈良市に移転し元興寺となった。
『続日本紀』には霊亀2年(716年)に元興寺を左京六条四坊に移すとあり!
これで、瓦、寺院名の謎が平凡なおっちゃんなりに、解けたのです(密かに、万歳!)
(上記、Wikipedia、パンフ 一部引用)

そして、順路にて、裏庭へ・・・
ここにも、古き時代の「日本の燈籠」に選ばれている、南北朝時代の石燈籠、室町時代の宝篋印塔


それこそ、誰もいません・・・ほんと、ゆっくりね!!
本殿を出て、西門より外へ‥飛鳥寺西門跡から‥


 西門をから100mばかり行くと、五輪塔が・・・
入鹿の首塚(いるかのくびづか)と呼ばれているらしく、実際に蘇我入鹿の首が埋まっている確証は、全くありませんと・・・
そして、見渡すと、稲が穂を垂れている田の左奥で発掘調査が・・・


寺内に戻り、先ほど修学旅行の高校生の会話が・・・
「俺たちの修学旅行、飛鳥の印象じゃなくて、チャリが印象に残るよなぁ!」‥って

ふと、見れば、レンタサイクル自転車で、各史跡を巡っているのか!・・・ガンバ!

そうしたら、タクシーが、・・・なんと、小学生?、中学生?‥1台に乗って、観光かい?
いや、凄いなぁ、今時の修学旅行!
でも、飛鳥の近辺は、バス無理、車でも・・・だから、大きな駐車場に車を停め、レンタサイクルで回るのか
‥そういえば、カップルも結構チャリで、汗ふきながら‥!
いやいや、感心、感心、でも、平凡なおっちゃんは、「α君」です!!

では、次なる目的地・・・伝飛鳥板蓋宮跡(でんあすかいたぶきみやあと)へ
住宅地の中を「α君」進んでいくと、おぉ!‥見たことのある光景が・・・

実は数年前のNHKの「さかのぼり日本史」という番組で、伝飛鳥板蓋宮跡にて収録されていたのを偶然にも録画していたのです!!

そして収録の場所にて、録画された、同じ景色を見てました

画像:録画再生時、キャプチャーです

しかし、今日はここを訪れる人はいません

右写真の遺構は、飛鳥浄御原宮のもので、飛鳥板蓋宮は、この下層に存在しているのです
古きものの上に新しきものを‥かなぁ!

飛鳥京跡は、6世紀末から7世紀後半まで飛鳥の地に営まれた諸宮を中心とする複数の遺跡群からなる都市遺跡であり、政治都市が存在していたのです
具体的には、伝飛鳥板蓋宮跡を中心に、川原寺跡、飛鳥寺跡、飛鳥池工房遺跡、飛鳥京跡苑池、酒船石遺跡、飛鳥水落遺跡などの諸遺跡であり、未発見の数多くの遺跡や遺構をふくんでいる。
遺跡全体の範囲はまだわかっておらず、範囲特定のための発掘調査も行なわれている。
飛鳥宮は複数の天皇が代々宮を置き、または飛鳥内の別の地に遷宮をしたことにより、周辺施設とともに拡大して宮都としての機能を併せ持ったと・・・(Wikipedia、案内板より引用)

ほんと、いろいろな史跡があり、すべてを回るのには、やはり、ここはチャリが、一番かも!

はい、‥お腹すいたね、しかし、先を急がなければ‥予定では、岡寺なんだったんですが、道路、行けません、いや、通り過ぎてしまいました!
諦めて・・・

次へ、そう、明日香村・・・あの石舞台古墳へ・・・参ります!





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